Twinkle, twinkle, little star
思えばよく4年近くも遠距離恋愛を続けたと思う。瀬見くんが大学卒業を控えた冬、私も人生の岐路に立たされていた。
「まじ?」
驚いたのは月島だ。金曜日の夜いつもの居酒屋へ飲みに行って、早々にして私は打ち明けた。
「いやでも良かったじゃん。彼氏だって東京で就職だし」
「うん。まあ、キャリアだけじゃなくてその点もね確かに良かったなぁとは思う」
先日、内示が出て春から東京の本社勤務となったのだ。というのも、何度か本社には出張やヘルプで通っていてそこで私のスキルを買ってもらえたのである。本社勤務ならやりたいこともやれることも増える。私さえ良ければキャリアアップのためにも本社に移動してみないか、と部長直々に声をかけてもらったのだ。
もちろん、月島を始めお世話になった人や同僚、同期と離れるのは寂しいけれど、仙台に出張になることもあるし、新しいところでやれる期待や瀬見くんのことを考えると、寂しさと同時に喜びもあった。
何より、自分のこれからのことを考えると本社勤務は魅力的だ。瀬見くんの事を除いても選びたい選択だった。そう言うわけで、春の人事異動に合わせて私は仙台から東京へ異動することとなったのである。
「部屋決めたり引っ越し準備したりこれから忙しくなるのが億劫だけどね」
「向こうはなんて?」
「彼氏? まだ言ってない」
「言わねぇの?」
「今日の夜か明日にでも言うつもり」
「付き合って4年だっけ?」
「だねぇ」
「長いな」
焼き鳥を頬張りながら月島はしみじみと言った。全く同意だと私も焼き鳥を頬張りながら頷く。4年。私もそれなりに歳をとったなぁ。そんな風に思うには十分な時間だ。周りはどんどん結婚していって、子供も産まれて。羨ましくないと言えば嘘になるけれど、こう言うのはタイミングだし。とにかくこの4年間、紆余曲折はあったけれど私は瀬見くんと別れることもなく順調に交際を続けている。
「じゃあそろそろ帰るかな」
「じゃあまた来週な」
「うん。おつかれ」
「おつかれ」
一通り食べ飲みし話を終えた後、月島との飲み会は終了となった。冬の冷たい風が音をたてる中、私はあえてタクシーに乗らず徒歩で帰路についていた。ほろ酔いで気分がとても良い。
『もしもし?』
そういう時に聞ける瀬見くんの声はとに心地が良いのだ。
「もしもし瀬見くん? 今平気?」
『大丈夫ですよ。仕事終わりですか?』
「飲み会帰りです」
『……え、まさか歩いて帰ってます?』
「うん。部屋そんなに遠くないしせっかくだから瀬見くんと話ながら帰りたいなーって」
『いやこんな時間に女性が一人で歩くなんて危ないっすから! つーかちゃんと暖かい格好してますか? 風邪引いたら俺怒りますよ!』
「ははは。瀬見くんお母さんみたい。暖かい格好してるから大丈夫だよ。危なくなったらコンビニ入る!」
『そう言う問題じゃ……はぁ、まあ、いいです。とりあえず家着くまでは電話します』
「わ、ありがとー」
そりゃあ、どうしようもなく会いたくなるときもあった。声だけじゃ満足出来ない日も。すぐに会いに行けない距離をもどかしく思っていた。
だけど、何も悪いことばかりではなかった。久しぶりに会えたときは世界で一番幸せだったし、その日のために仕事を頑張ってオシャレを頑張る自分が嫌ではなかった。一緒にいることを大切にしようと思えられるようになった。
そんな遠距離恋愛がもうすぐ終わりを告げようとしている。
「……あのね、瀬見くん」
『どうしたんですか?』
「実は内示が出てね。春から東京の本社で勤務することになったんだ」
『え、それ……まじっすか?』
「まじっすねぇ」
携帯の向こうにいる瀬見くんはどんな顔をしているんだろう。こういう時顔が見られないは惜しいなぁ。瀬見くんと知り合って5度目の冬だ。きっともう、彼のいない冬を私はもう過ごせない。
『いつこっちに越すんですか? すげぇ楽しみです。会いたいときに会える範囲に名前さんが居るんすね』
「引っ越しは3月末かな。もちろんお互い仕事があるからいつでも気軽に会えるわけじゃないけど、やっぱり何かあったときにすぐに会いに行けるのは私もすごく嬉しいな。これからもよろしくね」
瀬見くんも私もべったりくっついて過ごしたいタイプじゃないし、遠距離恋愛もそれほど苦痛ではなかったけれど、やっぱりこればかりはわくわくが募る。
「仕事もますます頑張れそう」
『頑張りすぎて身体壊さないで下さいね』
「瀬見くんもだよ。新入社員はいろいろ大変だろうし。悩みならいつでも聞くからね」
『大変でも頑張ります。ようやく同じ立場になれるんですから』
「気にしてるの?」
『……まあ、それなりには』
「いいのに。どんなでも瀬見くんは瀬見くんなんだから」
『かっこつけたいんですよ、いつまでも。好きな人の前では』
「そのセリフがもうすでにかっこいいよ?」
『……いや、いまちょっとクサすぎたなって思ってるんで』
「ははは。私は嬉しいけど。瀬見くんのそういうところ好き」
『ああ、もうだから、名前さんだってそう言うことを……』
もうマンションが目に入っている。あと数十歩歩けばたどり着いてしまうだろう。瀬見くんだって明日があるし遅くまで話し込んではいけない。名残惜しさはいつものことだけど、余韻に浸るのは結構好きだ。
「無事にマンション着いたからそろそろ切るかな」
『何事もなくて良かったです』
「じゃあまた、だね」
『ですね。……あの名前さん』
「うん?」
『楽しみです。名前さんの転勤』
「うん」
遠く離れて会いたいときは月が鏡になれば良い。そう思い出して月を見上げた。瀬見くんは今日、満月なのを知っているかな。
『それとちゃんと暖かくして寝てくださいね』
「瀬見くんも!」
『じゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
瀬見くんの卒業を間近に控え、東京への転勤が決まった、ある日の夜のこと。いつかは忘れてしまうような、そんな些細な日のこと。私は今日も変わらず瀬見くんと恋をしている。
(18.05.15)