How I wonder what you are
東京にきて2度目の春がやってきた。桜に街が染まるこの時期はどうやったって嫌いになれない。川沿いに並ぶの桜並木はこの地区の観光スポットとして名高い、人混みは増えるけれど、これもまた一興。
瀬見くんは入社して1年経った。大変なこともあるけれど、持ち前の明るさや器用さでうまくやっていけているらしい。
「久しぶりだね、一緒にランチするの! このお店前来て良かったから瀬見くんと来たいなって思ってたんだ。だから今日嬉しい」
「最近忙しくてなかなか時間つくれなくてすいません」
「いいよいいよ。まだ新人なのにいろいろ任されてて凄いよ瀬見くんは。でもあんまり無理しちゃダメだよ。長く続けるコツは適度にサボることであーる」
「ははっ覚えときます」
社会人の恋愛なんてものは、たとえ近距離恋愛だとして簡単には会えない。恋人より仕事が優先されることも多々ある。それでも遠距離恋愛に比べると気が楽だし、こうやって時間が合えば簡単に会えちゃうところがやはり東京に転勤になって良かったと思うところだ。
注文していたランチセットがやって来て相変わらずの芳ばしさに食欲がそそられる。瀬見くんの後ろにある桜の木の花弁がはらりと落ちた。
「結構ボリュームありますね」
「そうなんだよね。だから男の人にもおすすめ」
「食べきれます?」
「食べきります」
移ろう季節の中、私と瀬見くんはどう変わったのだろう。桜はいつか散って青々と茂るけれど、そんな風に私と瀬見くんの関係も変わっていくのだろうか。付き合って6年目の春。それでも、この先に瀬見くん以外の人は考えられない。
「名前さんは仕事忙しくないんすか?」
「最近はちょっと落ち着いてる。また月末に忙しくなるけど繁忙期ほどじゃないかな」
「繁忙期の名前さん今にも倒れそうな勢いでしたもんね」
「あの節はご迷惑をおかけしました……」
瀬見くんは唇の端を少しだけ上げた。その微笑みの裏に見え隠れする愛情が、私は堪らなく好きだ。そう言う好きもいつかは当たり前になっていくのだろうか。
「俺に出来ることは何でもしますから」
「本当に瀬見くんは私のこと甘やかすね」
「嫌ですか?」
「まさか」
ボリュームのあるランチセットを食べ終えて、食後のコーヒーが運ばれてから瀬見くんは時折、伺うような視線を向けるようになった。何か顔についてるだろうか。瀬見くん? と名前を呼ぶと彼は応えるように私の名前を呼んだ。
「あの、名前さん」
「うん?」
「今さら、なんですけど」
「うん」
「それ、そろそろ変えませんか?」
「それ?」
「俺のこと、名字で呼ぶの」
6年目の変化は突然やってきた。
私も名字で呼ぶことに疑問を持たなかったわけではないけれど、これまでずっとそう呼んで来たわけだし瀬見くんは瀬見くんだしと変えることなく呼び続けていたが、瀬見くんは6年目にしてようやくそのことについて切り出した。
「あ……いや、瀬見くんってずっと呼んでるからこれに馴れちゃって。ごめんごめん、嫌だった?」
「いや、嫌とかではないんですけど」
言葉尻を若干濁して、瀬見くんは咳払いをする。どこか緊張するような面持ちで私のほうを見つめている。そうして一度深呼吸をしてから、彼は言った。
「俺、まだまだ半人前で至らないところもたくさんあるんですけど、これからもずっと名前さんと一緒にいたいと思ってます。今はまだ言えないけれど、名前さんを支えられる自分になったらその時はプロポーズしたいです。もしその時に名前さんが嫌じゃなかったら同じ名字になるんで、だから、その、今のうちに俺のこと名前で呼ぶのに慣れてください」
言った後、瀬見くんは恥ずかしさを誤魔化すように笑った。私は突然やってきた高揚を隠せるわけもなく、瀬見くんの顔もまともに見られるわけもなく、ただ俯くばかりだった。
「あ、いや、すみません。困らせるつもりはなくて、その、なんとなく聞き流してくれたら」
「ち、違うの。困るとかはなくて、ただ、その……」
初めて声をかけてくれたとき、こんな未来がやってくるなんて夢にも思わなかった。こんなにも焦がれる相手になるなんて想像もしていなかった。気持ちを告げたとき、一緒にいたらきっともっと好きになると言ったけれど、好きはいつか愛してるになるとあの頃の私はまだ気づいていなかった。
恥ずかしさはまだ消えていかないけれど、私は彼を見つめて言った。
「私もまだ自分が一人前だとは思っていないけど、これからも一緒にいたいと思ってるよ。だから末永くよろしくね、英太くん」
季節が移ろって、私たちもゆっくりと変わっていく。埋まらないものはあるけれど、多分私たちはゆっくりとゆっくりと一つになっていくのだろう。
行く末は誰にもわからない。幸せがその先に必ずあるわけではない。予定はあくまで予定だ。それでも私の未来にあなたがいてほしい。あなたの未来に私はいたい。
「名前さん」
「はい」
「その服、この間買ったやつですよね。言うの遅くなっちゃったんですけど、似合ってます。すげえ可愛いです」
私の心に星が降る。それはきっと、恋に落ちたから。
(18.05.21)