Alphard



「英太くん、この前公園で綺麗なオネーサンと見つめあってたって本当? 工が見たんだってさ」
「はぁ? なんだよ、それ。あるわけねーだろ。そんな⋯⋯あーいや、あるわ」
「エッあるの?  マジで? なになにもしかして彼女? 英太くんてば年上が好みだったの?」 
「ちげえって。困ってたみたいだからちょっと声かけただけ」
「本当に? それだけ?」
「それだけだっつーの」
「なんだつまんない」
「⋯⋯お前な」
「工が楽しそうでしたって言うから期待してたんけどなァ」
「まあ確かに可愛らしい雰囲気の人ではあったな」
「おや? おやおやおや?」
「何がおやおやおやだ。だいたい向こうだって高校生なんか論外だろ。あっちからしたら子供だ子供」
「んー、英太くんは割りと大人だと思うケドね」
「そうかぁ?」
「けどォ、またばったり街中で出くわして運命感じちゃったりなんかして」
「だからないっつーの」
「英太くん⋯⋯ほんっとにつまんないね」
「ハァ? 天童お前ってほんっと⋯⋯!」
「あ、ごめーん。見たいドラマあるから先に寮に帰るね。英太くん夜コンビニ行くなら俺のジャンプ買っておいて!」
「おい、ちょっ⋯⋯! パシりかよ俺は!」


★  ☆  ★


『昨日はごめん! 友達に送ろうと思ってたの間違えて名前に送っちゃった!』

 朝起きて私の携帯にそう連絡がきていた。それでもまだ言い訳をするのかと思うと返事をする気になれなくて、結局、仕事が終わってからも彼に連絡をとることはないままだった。こんなことで悩んでいる自分も、この人のせいで情緒が不安定なのも、年下の見知らぬ男の子に心配かけたしまうのも、まるで自分らしくなくて嫌になる。

『仕事おつかれ! もしかして怒ってる?』

 それでも、彼からの連絡は続いた。私は変わらず返事をしないままだ。帰宅をして着替えをして適当に夕食を作って、昨日の夜干した洗濯物を畳む。柔軟剤の香る洗濯物の山の一番上に昨日、男子高校生が渡してくれたリストバンドが置かれている。帰り道、公園を通ってみたけれど今日はあの男の子は居なくてそれもまた返せないままである。

『友達って女だよね? 昨日、部屋でピアス見つけたよ』

 思い腰を上げて、携帯の画面とにらめっこをした。たった一行の文に迷って迷って迷って、結局1時間を費やしてようやく送信ボタンを押せた。たったこれだけのことになんでこんなにも疲れるんだろう。

『怒ってる?』

 彼からの返事は驚くほどすぐにきた。うん。怒ってるよ。でも怒りのパワーは虚しさに変わっていったの。それがどういうことか、この人は気が付けないんだろう。きっと永遠に。

『どうだろうね』

 そう思うとこれまでの2年半も相まって余計にやるせなくなる。ふと視界に入れた時計の針は丁度8時を示していた。スイーツを食べるには遅い時間だと分かっているけれど、自制心にブレーキが聞かなくて薄手のカーディガンに袖を通した。急に甘いものが食べたくなってしまったのだ。財布と携帯を持って部屋を出る。サンダルが地面に擦れて音が鳴った。ポケットに入れた携帯はもう、震えぬまま。


★  ☆  ★


 あ、と声をあげたのは2人同時だった。耳に馴染んだ入店音の後、雑誌にも目もくれず目的のスイーツを目指す。どうしようかな、と悩んで結局プリンに手を伸ばした時、隣から伸びてきた手とぶつかったのだ。

「あっ、すみま⋯⋯」

 プリンから視線を外して隣に立つ人物を見る。驚く私と同じ表情の男の子。いったいどんな縁で結ばれているんだろう。私はそれまでの嫌なことを忘れてつい笑ってしまった。

「昨日ぶり、ですね。ふふ、まさかこんなにすぐ再会するとは思わなかったな。今日は部活帰り?」
「っです、ハイ。あーえっと、コレ、すみません」
「え? ああ、いいよいいよ。最後の1つだし私は違うのにするから。どうぞどうぞ」
「や、大丈夫です。これじゃなきゃダメってわけじゃないんで」

 陳列された最後のプリン。高校生の男の子は少し恥ずかしそうに私にプリンを譲るしぐさを見せる。帰り道、公園に寄ったときには会えなかったのに、まさかコンビニで会うなんて思いもしなかった。偶然って不思議なものだなあと感心しながら、私はプリンとその隣に並ぶ杏仁豆腐を手に取った。

「よし、じゃあ私が買うよ。この前リストバンド貸してくれてまだ返せてないし、お礼を兼ねて」
「そんなのお礼してもらえるような事じゃないですって」
「それくらいさせてよ。その雑誌も一緒に買ってあげようか?」
「え? いや! これは俺が。頼まれて買うだけで俺のじゃないんで」

 レジに向かい会計を済ませる。後ろに並ぶ男の子が値段が表示されるのを見て私にお礼の言葉を言った。男の子の会計が終わるのを待ってコンビニ後にする。
 ねえ、と言いかけてふとと思う。私、この子の名前すら知らないんだなぁと。だけど今さら聞く勇気もない。それに名前を知ったところで、リストバンドを返してしまえばまた赤の他人に戻るのだ。しかもそれはもう目と鼻の先の話。そう思うとなおさら名前を聞くことは出来なくて、私は笑みをつくりながら声をかけた。

「はい、どーぞ」
「逆にすいません。いろいろ気使ってもらって」
「いいのいいの。あ、リストバンド返したいんだけど、また公園走る予定あるかな?」
「火曜と土曜はたいてい同じ時間に走ってます」
「あ、だから今日公園にいなかったんだね」
「えっわざわざ公園に寄ってくれたんですか?」
「通り道だから。いたら良いな、くらいの気持ちでね。まさかここで会うとは思わなかったから今は持ってないんだけど」

 そう言いながら袋に入ったプリンを取り出そうとして困る。分けて袋に入れて貰えば良かった。袋もなしに渡すわけにもいかなくて自分のだけ取り出そうとした時、男の子が言う。

「あ、別々に入れもらえばよかったですね」

 あ、似たようなことを考えていたんだ。どこか嬉しさを感じることに私は戸惑うことを忘れている。

「ね。でも私はそのままで持って帰るから気にしないで。小さい鞄くらい持って来れば良かったなあ」
「⋯⋯あの、良かったらですけど、一緒に食べませんか?」
「え?」
「あっ、いや、迷惑なら全然」

 似たようなやり取りをこの前したなあと思い出す。焦ったように付け足す言葉。迷惑じゃないけどこの子としてはどうなんだろう。気を使ってくれてるんだろうか。年下の背の高い男の子を見上げる。大人としてどうするのが正解なのか、私はわからない。

「迷惑ではないよ」

 ほっと安心した顔を見せる男の子は「近くの公園のベンチにでも座りましょうか」と言う。門限は22時と言っていた。現在時刻は20時30分。不思議な気持ちのまま、街灯の下を歩く男の子の後ろを着いていく。おもむろに彼が振り返る。

「持ちます」
「え?」
「それ、貸してください」

 決して重たいとは言えないコンビニの袋が、私の手から彼の手へと渡される。懐かしい感覚が心を揺さぶる。不思議。まるで高校生の頃に戻ったみたいな気分。それっぽいことをしているわけではないのに何故だろう。ほんの少しだけ触れた指先が熱を持っていたから? 裏表のない優しさに馴れていないから? 隣に並ぶのに会話はほとんどなくて、だけどそれを嫌だとは思っていないことに私が気付くことはなかった。
 
(17.06.18)