stay with me
清水寺を参拝した時点で、京都日帰りはさすがに無謀だったかなと思った。朝早い電車に乗って1時間ほどで京都駅についたけれど、さすが日本屈指の観光地京都。これは時間がいくらあっても足りない。
そもそも、目的地に至るまでに可愛いお店がありすぎる。参道を歩くだけでどれだけ時間を費やしてしまったんだろう。信介くんは嫌な顔1つせず私に付き合ってくれたけど、いろんなお店にふらりと吸い込まれるように寄っていく私を嫌いにならないでほしいと願うしかなかった。
「えっもうこんな時間!? ご、ごめんね。信介くん、私がいろいろとフラフラしたから⋯⋯」
「ん? ええよ。色んなとこたくさん行くんやなくて1か所をしっかり見てるほうが俺は好きやし。それに楽しそうな名前見とったらそれだけで俺も嬉しなるしな」
清水寺を後にした時に腕時計を見ればお昼を回っていて、驚きながら謝る私に信介くんはどこまでも寛容で優しかった。ああ好きだな。信介くんが出す雰囲気とか、声の柔らかさとか。
「やけどそろそろお昼にせな腹の虫が鳴りそうやわ」
「そうだよね。ご飯! 食べよう、私もお腹空いた」
平日でも人で賑わう道を抜け、三年坂の途中にあるカフェに入り限定のランチを注文すれば、ようやく一息つけたような気がする。カウンターに隣合って座った信介くんがぐるりと店内を見渡した。
「信介くんは京都初めてじゃないもんね?」
「言うても数える程度やけどな」
「私に合わせてド定番な所で嫌じゃない?」
「嫌ではないな。それにド定番は何回来てもええなって思うからド定番なんやない?」
「そっか、ちょっと安心した」
物腰柔らかく、信介くんは運ばれてきたランチを口にする。いつもと違う場所でいつもと違うご飯を食べるだけでなんだか特別な事をしているみたいな気分になる。実際、こうやって遠出するのは初めてだから特別な事ではあるのだけど。
「食べ終わったら八坂神社のほうにでも行こか」
「うん」
「そんで花見小路の方歩いてったらええ時間なるかもしれんな」
「まだまだ見たいところあるのに、あっという間の1日になりそうだね」
「せやな」
「もっとたくさん一緒にいたいなあ」
講義を受けているときはあの90分が永遠にも思えるのに、好きな人と一緒にいる時間はどうしてこんなにもすぐ過ぎ去っていくのか。もっとずっと一緒にいたいな。そんなありきたりな願望を呟くように口にする。
「もっと、たくさん」
それを繰り返した信介くんは驚くような表情で、私の言った言葉を噛み締めているようだった。不満を言ったみたいになっていないだろうかと慌てて紡ぐ。
「あ、えっと、今度は泊まりもいいよね、くらいの感じなんだけど」
泊まりも泊まりでねだっているみたいになったかもしれない。そもそも私、信介くんの部屋に泊まりに行ったこともないのに。ああ、これは中々に図々しいことを言っているなと内心慌てた。
だいたい泊まりってお兄ちゃん許してくれるかな? と違う方向に考えが走ってしまいそうになる私に、信介くんはゆるりとした口調で言う。
「確かに泊まりならゆっくりできるな」
「だ、だよね」
「どっか行きたい場所はあるん?」
「えっと⋯⋯うーん、温泉旅行とか?」
「温泉旅行ええな」
「ちょっと渋いかな? って思ったけどゆっくりできるかなって」
「ええやん。好きやで、温泉。ま、言うて名前と一緒やったらどこでも楽しなるからええんやけど」
信介くんは甘い。饒舌とは違うけれど、褒めたり、愛情を伝えることを惜しまない。信介くんがそうやって、丁寧にきちんと気持ちを伝えてくれるから私も惜しむ事なく自分の思いの丈を伝えられるんだろう。
「私も信介と一緒だとどこでも楽しくなるよ! 今日もすごく楽しくて、1日48時間くらいあればいいのにって思ってて、いろんな新しい事を信介くんのそばで体験したり経験したり出来るの、凄く幸せだなって」
残り少ないランチを前に、信介くんは箸を箸置きに揃えて置いた。
「アカンなぁ」
「え?」
「そんなかわええこと言われたら抱きしめとうなるやん」
温かい色をした瞳と声を前に、ドキドキしないでっていう方が無理だと思う。私の彼氏、こんなにも優しくてかっこよくて素敵なんですよって叫べる場所、どこかにあったらいいのに。
それを言ったら信介くんは笑って「そんなの迷惑になるだけや」って一蹴するんだろうけど。
「じゃあ⋯⋯別れ際に抱きしめてほしい」
「おん、わかった」
「約束ね」
「約束な」
微笑みあって残りのご飯を口に運ぶ。きっとまたあっという間に時間は過ぎていっくんだろうけれどこの約束があるのなら、それもまた悪くないと思える。
ゆるやかに加速して進む時間を噛み締めながら残りの今日を信介くんと共有する。帳が降りて、月の光がその瞳を照らす頃までは、きっと。
(20.12.23 / 60万打企画リクエスト)