it's gonna be great


「信ちゃん、今朝な」

 バァちゃんが嬉しそうに声をかける。大学4年の夏休みのことやった。
 時折泊まりに帰る実家はいつ来ても、なんも変わってへん。大体はバァちゃんが玄関まで迎えに来て、嬉しそうな顔をして、そんで一緒に居間に行く。コトンとテーブルに麦茶を置けば音が鳴って、それに被せるようにバァちゃんはそんな風に声をかけた。

「おん。なしたん?」
「信ちゃんが結婚する夢見たんよ。和装でな、男前と別嬪さんやったわ」

 朗らかに優しく、ひいては慈しみさえ籠もったような声色に一瞬、その言葉が色味を帯びたような気がした。

「結婚⋯⋯」

 驚きを隠してその言葉の意味の重さを実感しながら言えば、バァちゃんはその声色のまま続ける。

「まだ学生さんやしね、ばあちゃん気が早いけど名前ちゃんと信ちゃんが結婚してくれたらええなって思っとるんよ」

 出てきた名前に、その人を思い浮かべた。いつも優しく名前を読んでくれて言い表せない幸せを与えてくれる、俺の好きな人。
 ずっと俺の結婚式を楽しみにしとったバァちゃんやけど、そうか、今のバァちゃんは俺と名前の結婚式を楽しみにしてくれとるんやな。

「神前式でも教会式でもなんでもええんやけど、ほんま楽しみやなあ」

 こればかりは俺一人で進められる問題やないから名前の気持ちも大事やし、バァちゃんの言うようにお互い学生で結婚なんてもんすぐには考えられへんし。
 やけど今は考えられへんくても、いつかはそんな日がやってくるんやろな。先々を想像したとき名前も一緒に思い浮かぶっちゅうのはきっと、そういう事なんやろな。長く続く日々の中に名前がおってくれることは心地がええ。

「はよ見せてあげたいけど、もう少し先やな。やからもう少し先待っとってな」

 そう言うとバァちゃんは、顔の皺をより深く刻ませて嬉しそうに笑った。

「せやったらバァちゃん、もっともっと長生きせんとね」

 俺が結婚してくださいと言ったら名前は驚くやろか。泣いたりするんかな。喜んでくれたりするんかな。朧気な未来を想像して、愛おしさが沸々と湧き上がる。
 丁寧な仕草で笑って名前を呼んでくれる名前の隣で丁寧に暮らしていく。心地よさに愛おしさが混ざり合う感覚がひたすらに続けばええな。

「せやで。ひ孫の顔もちゃんと見てもらわな」

 ひとりがふたりになって、ふたりが3人になって、そんな風に広がっていく幸せの形をいつか。好きも嫌いも楽しいも悲しいも、全てを包み込める家族になれるんやったら最高やと思う。

(まあ、子供はさすがにまだ想像出来んな)

 それにまだ簡単には言えへん。何があっても責任をとれるだけの男やないしな。名前やって就職したら好きな仕事は続けたいやろし、農業が軌道に乗らんこともあるかもしれへんし。

(結婚⋯⋯結婚なぁ⋯⋯)


◇   ◆   ◇


「なあ。結婚せんか、俺ら」

 その言葉が出たのはそれから約半年後のことやった。自分でも驚くくらいにあっさりと言えて、やけど半分は衝動的に言ってしもたことを自責した。
 名前が卒業式を終えて謝恩会に向かう前の空いた時間、楽しそうに日々のことを語る名前の顔を見てバァちゃんの言葉を思い出した。同時にその時に抱いた感覚が蘇って、なんの躊躇いもなく、むしろ考えるよりも先に口が動いた。
 あかん。責任感もあらへんし、ムードもくそもないのに言ってしもた。やけどどうしたって隣におるのは名前しか考えられへんし。幸せになりたいのは名前とやからやし。

「今すぐやなくて、1年とか、もしかしたら2年3年先かもしれへんけど」

 言いながら名前を見つめる。来し方と行く末に思いを馳せては、やけどきっとその日はそう遠くはないんやろうなと思った。

「私も信介くんと家族になりたい」

 名前が言う。出会った頃と変わらない笑みで。日々を重ねた結果がこれとしても、なるようにしてなったとすら思えるくらいそれはとても落ち着く形で俺の心ん中に収まった。

(20.12.11 / 60万打企画リクエスト)

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