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 これまでの全部があったからきっと気持ちを募らせたんだと思う。


ストロベリーレッド



 女子の試合が終わると男子の試合が始まる。会場は日本全国に及ぶから、女子の試合も含めこの時期はどうしても出張が多くなるのは否めない。
 侑とバーに行った日の翌日から怒濤の繁忙が続いて、結局次の日の連絡以来侑とやりとりを交わすことはなくなった。用がないときにわざわざ連絡をするほどの間柄ではなかったし、そもそも試合前と言うこともあってナイーブな時期だ。どうしても本人に確認しなくてはならないこと以外はチームマネージャーに確認をしていた。
 そんなどうしてもの出来事があることもなく、スーツケースのパッキングにも慣れ、ホテル暮らしもなかなか悪くないと思えるようになった出張先での夜のこと、エレベーターの前で久しぶりに侑とすれ違った。

「あ⋯⋯お疲れさま」
「なんや偶然やな」
「ミーティング帰り?」
「おん」

 ここ数年、男子バレーのレベルが上がっているとバレーファンの間でも言われており、実際今大会はここ数年の国際大会の中でも上位に食い込むことが予想され、むしろメダルの色で争うレベルではないかと話題になっていた。全日本に召集された後も、スタメンに起用されるべく技術を磨く。それはきっと私が想像するよりも大変で果てなくて爽快な行為なんだと思う。

「今日もおつかれさま」
「そっちこそな」

 これといった話題もないしお互い部屋に戻るべきだ。わかっているけどなかなか足が動かなくて侑を見上げる。薄手の生地の有名スポーツメーカーが胸元にマークされたTシャツに、日本代表のジャージ。その上からでも分かる引き締まった身体に、つい目のやり場に困ってしまう。
 この間のこときっと侑は気にしていない。別に私だってそんなに変なことを言ったつもりもないし、あんなの数ある会話の1つに過ぎない。それでも誰にも打ち明けなかった過去を曝したのだから、やっぱり少しは気になる。例えば可哀想とか、若いのに辛い思いをしたんだなとか、そんなのは思ってほしくない。だってそれは当事者にしか分からない感情なんだから。
 侑はそういうことを思うタイプではないと思うけれど、少し視線をそらして小さくなった声で言う。

「⋯⋯この間は、ありがとう」
「あー⋯⋯ええねん、別に。ちゅーか、お礼とか普段言わんやろ」
「そうだっけ? そうか⋯⋯そうだったね。ちょっと私も酔っぱらてたよね。いろいろ言っちゃったし」
「本当の話なんやろ?」

 元彼が亡くなっていることに対して言っているということはすぐにわかった。言葉も出さずに頭を上下に動かす。侑の背後にあるエレベーターも動きだして、この階を通りすぎていく。

「言いたくないことやったら、忘れるけど」
「え?」
「聞かんかったことにする」
「⋯⋯ううん。それは大丈夫。事実だから」
「まー俺も? 少しは酔っとったし? お互い様やな!」

 黄色の髪を揺らして侑が笑う。なぜか安堵の感情が沸き上がって肩の荷が下りたような気分になった。背後のエレベーターが再び動いて、この階で止まる。あ、そうだ。私はフロントに行くつもりだったんだ。思い出すと、足は自然と動いた。

「ごめん、引き留めたね」
「ええけど、外でも行くん?」
「ううん。フロント」

 エレベーターのドアがゆっくりと開いて、出てきたのは影山さんだった。

「あ、お疲れ様です」
「ッス」

 私の横を通りすぎた影山さんを目で追う。飛雄くん、と侑が名前を呼んで影山さんが立ち止まる。目線の先にはセッター同士が並んでいて、圧巻だ。私はこんな凄い人達と仕事をしているんだな。

「この前、あざっした」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
「は? 2人仲良いん?」
「影山さんにSNSのコツを伝授して」
「伝授されました。やり方わかんないんで。単純に興味ないんすけど、でもやれって言われたんで」

 それが影山さんらしくて私は「別に大丈夫ですよ。無理しなくて」と笑いながら答えた。

「なんや、名前飛雄くんに甘いんとちゃう? 俺にはファン対応も大事やってむっちゃ言ってくるやん!」
「影山さんのは滅多に更新しないから、更新したらレア度があがるでしょ。SSRみたいな感じで。侑はよく写真あげてるからN。よくてR」
「N! しょぼいやん!」
「あはは。ごめんて」
「仲いいっすね、2人」

 影山さんの言葉につい考える。第三者から見ると私たちは仲良しに見えるんだ。仲良し、か。そうだね。それが一番相応しい言葉なのかもしれない。膨らむことも、膨らませることもない関係。

「まあ、友達なので」
「せやな。友達や」
「うん、友達」
「あーもう、はよフロント行かんといけんのちゃう?」
「あ、そうだね。じゃあまた」

 手を降る。私はようやくフロントへ行くエレベーターに乗り込んだ。明日からの仕事もまた頑張ろうと思いながら。

(20.06.01)