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 侑から埋め合わせの連絡が来たのは翌日のことだった。まさかこんなに早く連絡がくるとは思ってたなかったものの、しばらくは定時上がりが続きそうなので一緒にご飯に行けるのは純粋に楽しみだった。

『おつかれ。この間ほんまにすまんかったな』
『デパ地下で買ったデリが美味しかったから全然大丈夫! それより連絡早くてビックリした』 
『来週の水曜日やったら空いてるんやけど名前仕事は?』
『しばらく定時上がり続くからいつでも大丈夫』
『せやったらその日、ご飯行こうや』
『行こう行こう!』
『また連絡するわ』

 すんなりと日程が決まって、私は早々にスマホのカレンダーに予定を入力した。今季のVリーグが終わればバレーボール関連のイベントも徐々に行う予定があるから、もしかするとまた侑と一緒に仕事をすることにもなるかもしれない。そう思うとこれからの仕事も楽しみに思える。

(⋯⋯いやいや誰と一緒でも楽しいから)

 無意識に色づいた自分の感情を打ち消す。木兎さん、日向さん。他のチームの人だって、みんな話してて楽しいし良い人たちだ。仕事だってしやすいし、年齢だって近い。なのにどうして侑と同じにはならないんだろう。どうして侑は、少し違うんだろう。恋でもないし愛でもないのなら、私と侑の間にあるのは熱い友情なのだろうか。


* * *


 約束の水曜日、侑に指定されたお店の前で彼を待つ。平日の夜でも人の多い大通りとは反対に裏道のためかこの通りは人が少ない。侑はもうすぐ着くと言っていたけど果たして本当に大丈夫だろうか。
 友情ならば選手と二人きりで食事をしてもやましいことにはならないのかな。見る人が見ればデートにだってなりうる。熱い友情の正解はどれなんだろう。適切な距離感がわからない。1人で生きていくための他人との距離感はいったいどれほどだったっけ。今更そんなことを考えてしまう。

「お嬢さん。眉間に皺寄ってんで」
「侑!」
「待たせたな」
「気づかなかった。忍者ですか?」
「せやねんバレー選手と見せかけてほんまは俺⋯⋯ってなんでやねん。そこの角でタクシー降りたから気が付かんかったんやろ。考え込んどったみたいやし」
「生のノリ突っ込み凄い⋯⋯」
「言われると恥ずかしいからやめてくれ」

 侑が予約してくれていたお店に入る。入口に割烹とは書いてあったけれど、想像していたよりもカジュアルな雰囲気に肩の力が抜ける。知り合いなのか、お店の人は侑の顔を見ると親しげな様子を見せて馴れたように奥の個室へと案内してくれた。

「ここ治の知り合いの店やねん」
「そうなんだ。雰囲気良いお店だね。治さんと言えば久しぶりにおにぎり宮食べたくなるな。大阪まで進出してくれたらケータリング頼むんだけど」

 そう言えば侑は双子だったということを思い出す。その片割れ、宮治さんとはバレー会場で出張おにぎり宮を営業しているときにしか会ったことはないけれど、一卵性なだけあって驚くほど似ていた。髪型や話し方を同じにすれば見分けはつかないんじゃないかと思う。
 有給休暇、兵庫に行くって言うのもありかもしれない。

「いや、私が兵庫に行こうかな」
「は? 食に対してそんなにどんよくやったっけ?」
「まあ近いし。温泉とか泊まったりして。とにかく年次有給休暇をちゃんと消化しなさいって上に言われててさ⋯⋯」
「ワーカーホリックも大変やなあ」
「そんなんじゃないですー。それをいうなら侑だって⋯⋯あ、それよりも試合おつかれさま」
「おう」

 先に頼んだ飲み物がやってくる。侑にとって銅メダルとは誉められることなのだろうか。それとも罵られるべきものなのだろうか。

「年々バレーへの注目も増えてきたっていうのもあるけど、今年はメダルとれたから去年に比べて試合後のメディア取材が多かったね。侑はずっと忙しいんじゃない?」
「そういうのもこなしてプロやしな」
「そっか。私はもう応援する側だけど、Vリーグも頑張ってね」
「おう」

 運ばれた料理に舌鼓を打つ。アルコールは頼んでいないけど、個室ということもあっていつもより話がしやすくてついいろんな話をしてしまう。適切な距離感というものはわからないけれど私にとって、侑は素の自分をさらせる相手であることに間違いはないんだろう。

「誰と一緒に仕事しても楽しいし、決起会とかプライベートでご飯食べるのも楽しいけどさ、侑がいるときが一番楽しいかな」
「⋯⋯なんやねん突然」
「なんとなく。私、男友達全然いないし男女の友情ってどんなものかわからないけど、侑とは仕事中も選手と広報って立場意識しててもやっぱりいつも通りに話したくなっちゃうし。なんか多分、他の人とは少し違うんだろうなって」

 言うと侑はグラスの中にある飲み物を一気に飲み干した。侑は何を頼んでたんだっけ。アルコール? いやノンアルコールだったっけ? 考えるように私から視線を外した侑は、空になったグラスを手持ちぶさたに握りながら呟くように言った。

「恋愛くらいしてもええんやない?」

 珍しく掠れた声が、個室の向こうの賑わう音と共に届いた。

(20.06.27)