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『おつかれ! 練習終わったんだけど、ここ来れる?』

 表示されたURLを開いてお店を確認する。ここからならだいたい30分くらいだろうか。途中の仕事を切りが良いところまで進めて、私は会社を後にした。

『大丈夫です。30分くらいで行けます』
『先飲んでる!』

 宣言通り30分後、お店に着いて木兎さんの名前を伝えると個室に案内された。木兎さんと日向さん。そして、侑がすでに座って私を待っていた。侑の隣が空いてるのでそこに座らせてもらう。

「すみません、お待たせしました」
「まーた仕事しとったんやろ」
「大正解。それにしても面白いメンバーだね」
「そもそも最初は俺と翔陽くんでご飯行こうや言うてた時に木っくんがな」
「あーなるほど理解した」
「最後まで言わせろや」

 テーブルに並ぶ料理を見ると自然と食欲がわいてくる。お酒を注文して減りつつある料理に手をつけた。

「そういや今日の写真、何の写真だったん?」
「Webの記事。大手の。多分、写真多く使われるんじゃないかな」
「俺は!? 俺の写真はいい感じだった?」
「まだ写真確認してないんです。記事の校閲終わったら合わせてもらえるみたいなんでちょっと時間かかるかもしれないです。木兎さんはエースだし特に写真は多く使われるんじゃないですかね、多分」
「多分て」

 仕事の延長線のようなプライベートにも近いような。言い様のない空間に、私は少し安心感を覚えた。だから、と言えば言い訳のようにも聞こえてしまうが私は多分少しだけお酒を飲みすぎた。そもそもお酒を飲むこと自体が久しぶりで、酔いがまわるのも早かった。

「おい、起きろや」
「んー⋯⋯」
「帰るで」
「わかってる⋯⋯」

 侑に何度か体を揺さぶられてゆるい瞬きを繰り返す。意識はあるし、明日記憶がある自信もある。それでもほろ酔い状態の私は気分が良くて、そしてこの場から動くのが億劫だった。侑の怠そうに私を見る目線を受け止め、私はおもむろに立ち上がる。

「名字さん、歩けます? 大丈夫ですか?」
「どうやろな」
「俺が送ってこうか?」
「あー、いや大丈夫です。全然平気なんで皆さん帰ってください。私もタクシーで帰りますので。じゃあ、お疲れさまでした」

 酔ってしまったとは言え私は最後まで選手の皆さんを送ろうと、お店の前に待機するタクシーに乗り込む大きな背中を見送る。ゆっくりと吹く風が気持ちいい。日向さんも木兎さんも、私に気を付けて帰れということを口にして帰って行った。
 歓楽街に溶けていく黒いタクシーの車体。じゃあ最後に侑も見送ろうかと彼の方へ身体を向ける。

「じゃあ、また」
「ほんまに1人で帰れるんか?」
「うーん、まあ。ふふ。そんなに酔っぱらってないよ」

 わたしの言葉を信じていないのか、侑は怪訝そうな顔で私を見つめた。

「説得力皆無やん。家どこやったっけ?」
「え? あ、えっと**駅のところ」
「ほならお前送ってから帰るわ」
「うん?」
「家、俺もそこからそんな遠いわけやないし何かあったら胸糞悪いからな」
「何か⋯⋯あるかなあ」

 さすがに心配しすぎじゃないかと思ったけれど、半ば強引に私と共にタクシーに乗り込んだ侑は私の最寄り駅を運転手に告げた。
 夜でも明るい街にさよならを告げながら走る車内で揺られていると何だか可笑しくなってきて堪えきれずに笑ってしまった私に侑は「なんやねん」と言いながらまた怪訝そうな顔で私を見た。

「急に笑うなや怖いわ」
「ふふ、いやだってさ、侑に凄い心配されてるの面白いなって」

 ひとしきり笑って満足した私は感情のままに、今度は外の景色に集中した。今私ちょっとめんどくさいタイプの酔っぱらいだなという自覚はあるものの、自制はできない。まあ、それが酔っぱらいか。
 数十分後、駅の近くまで来たので私は運転手に道を指示して家に近いコンビニで降ろしてもらうことにした。

「まだ遅くないけどどうする? 家で飲む?」
「は?」
「いやどうせならもう1杯どうかなって」
「いやあかんやろ」

 珍しく侑のほうから否定の言葉が出て、私は驚いた。

「少し前までは一緒にカフェ行こうとか言ってたくせにさ」
「状況が違いすぎるやん」
「そうかな?」

 侑は深くため息を吐いて支払いを済ませると私と共にタクシーを降りた。え、なんでタクシー降りたの? 飲むの? と言葉にも出さずに背の高い侑を見上げると呆れたような顔で私のおでこを指で弾いた。

「痛っ」 
「もう少し危機感ちゅーもんを持て」

 危機感⋯⋯と侑が言った言葉を呟きながら私はおでこに手を当てた。思ったより痛くない。いや痛くしなかったんだろうな。

「責任持って最後まで送るわ」

 そう言われると断る言葉も見つからなくて、通いなれたいつもの道に侑がいるということが、ただただ不思議でならないなと思った。

「ねえ、やっぱりちょっとだけ宅飲みしよ」
「俺の話の何を聞いとったんや」
「わかってるよ、言いたいこと。でも私たちそんなのじゃないじゃん」
「は?」
「お互いなんとも思ってないって分かってるから誘えるんだけど」

 軽快な足取りと、軽快な口調。言ったあと侑の顔は見なかったけれど、どんな顔をしていたんだろう。その時の侑の心情を知るのはずっとずっと先のことだった。

(20.05.13)