引っ越し先の候補がいくつか絞れた頃、私の連休が始まり、兵庫へ向かう在来線に乗り込んで私は目的地を目指していた。
他に行きたい場所を考える気持ちにもなれなくて、結果おにぎり宮を目指すこととなったのだ。近場ではあるけれど大阪のお土産を持って、連絡しておいた宮治さんのところへ向かう。試合会場で何度か会って挨拶をしたことはあったけれど、個人的な用件で連絡をとるのは初めてだった。それにも関わらず丁寧な対応をしてもらい、私は感謝の気持ちを込めて少しお土産を奮発した。
「⋯⋯こんにちは」
お昼時を少し過ぎれば来店客も減ってゆっくり話せるからと指定された時間は14時。店舗に来るのはもちろんはじめてで緊張の中、扉をあける。
「いらっしゃ⋯⋯あ、ごくろうさんです。いつも侑がお世話になっとって」
出迎えてくれた治さんはいつ見ても侑とそっくりだなと思う。無意識に侑とは違う部分を探しながら持ってきた手土産を渡す。
「いえいえ、急な連絡にも関わらず今日はありがとうございました」
「適当に座っとってください。お昼、食べます?」
「ぜひ! と言うかおにぎり食べるために今日何も食べてないんです!」
「せやったらとびきり旨いやつ握りますわ」
「わっありがとうございます」
今日、私がここに来ていることを侑は知らない。
まさか私が本当におにぎり宮へ来るなんて侑は夢にも思っていないだろう。
「侑と何かあったんです?」
「え?」
「言いたくないことやったら無理に言わんでいいんですけど、侑のこと知りたいって書いてあったんでちょっと気になって」
「あー⋯⋯えっと、まあ、ちょっといろいろと」
好かれている、と言葉にすることは出来なかった。恥ずかしくもあったし、気軽に口にすることが出来なかったのだ。
そんな私の様子を見て、温かいお茶を差し出した治さんは私の顔を覗き込みながら、侑と同じ顔で言った。
「告白でもされた、とか?」
何でわかるの? あっ双子って確かほら、シンクロニシティとかあるって言わないっけ? いやこの場合それとは違うか。見透かしたかのように言う治さんの言葉に思考の糸が絡まる。
「え、ジョーダンで言うたんやけど、ほんまなん?」
私の様子を見て治さんは素の口調で言った。暖房器具の音がやけに耳につく。違う、私はこんな恋の話をするためにここへ来たわけではない。
「いや、その、まあ⋯⋯はい」
けれど私は双子を相手に誤魔化すことも出来なくて、濁すように返事をした。意外にも治さんはそれ以上言及することなく、そうかと一言だけこぼすとおにぎりを握りに厨房へ戻っていった。
しばらくして程よい大きさの2つのおにぎりとお味噌汁、唐揚げに卵焼きとお新香がお盆にのってやってきて、私の目の前に丁寧に置かれる。
「いただきます」
うん。これは最強の布陣だ。
「おん。⋯⋯そんで、侑とはどうなん?」
言いながら前の席に座り、おもむろに吐き出された言葉。突然の切り出し方にむせる。まだ温かいお茶を急いで飲んで、まじまじと治さんを見つめた。やっぱり似ている、とても。だけど全然違う。
「すまん。そんなに動揺するとは思わんかった」
「⋯⋯すごい急、ですね」
「実は俺も名字さんのことアイツから少し聞いとってん」
「えっ」
「好きなんやけどどうしたらええっちゅうて」
「本当に?」
侑が誰かに恋愛相談をするなんて考えられないんだけどと疑るように聞けば、軽い調子で笑った治さんは自身の言葉を否定した。
「ウソや。たまにアイツと話すとき名前出るからそうなんかなってカマかけてみたんや」
「心臓に悪いですね⋯⋯」
「もうやらんから許してな」
深呼吸をする。味わうようにおにぎりを食べて冷静を努める。
「私、とても好きな人がいて」
「おん」
「でもその人とはもう絶対に一緒にいることはできなくて。けど死ぬまで好きで、だから侑の気持ちを知って動揺していて」
いや。思い返してみれば至るところに兆しはあったはずだ。ただそれを見ないようにしていたのは私で、多分最初からそういう可能性は存在していた。私たちの間にある友情は時折どうしようもなく危うかった。
「⋯⋯でも、私、侑に嫌われたくなくて。狡いと自分でも思うんですけど。侑はいつも真っ直ぐで、ある意味でとても純粋な人だと思うので、そういう人のそばに私みたいなどっち付かずの、はっきりしない人間がいていいのかなって」
真剣に言った私の言葉を聞いて、治さんは少し笑って気だるそうに頬杖をついた。
「凄い感じに言うとるけど、アイツそんな出来た人間やないで? 寝相悪いし、意地っ張りやし、我が強いし、片付けんの遅いし、靴揃えんし、大事な電話の最中に寝落ちするし、口悪いし」
「それは⋯⋯なんと言うかとてもめんどくさいですね」
「せやろ? けど、ええ奴やで」
「⋯⋯うん」
「それは間違いあらへん」
うん。それは私もそう思う。侑ほどいいやつは多分、この世の中に他にはいない。
(20.08.03)