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 嫌いにならないでとほしいと思った気持ちに蓋をした。

カナリアイエロー


 SNSの公式アカウントを任されるのも広報の仕事だ。テレビの出演情報や雑誌の発売情報をアップしながら、各選手の公式アカウントも確認する。何かのきっかけで炎上しようものなら私も上から怒られるのである。

「皆さん大丈夫そう⋯⋯かな」

 特に問題はないと判断し別の仕事に取りかかろうとした時、スマホが震えた。
 
『なぁ、この前の写真SNSにあげてええ?』

 写真付きのメッセージが侑から届いたようだった。この前、とは木兎さんたちと飲んだことを指すのだろう。別に私に許可を取る必要はないんだけど、とは思いはしたもののあの場に私も居たから一応の確認だったのかもしれない。

『大丈夫です。もし他の写真も載せるなら私は映ってないのにしてください。それとスタッフと共にご飯食べたと明記しておいてください』
『仕事モードやんけ』

 言うとすぐに侑のSNSが更新される。先ほど届いた写真と共に"スタッフとメンバーと食事行ったで!!"と言葉が添えられている。うん、嘘は何一つない。
 ファンの獲得はもちろんだけれど、スポンサーになってくれている企業へ失礼は出来ない。だからこそ選手のイメージは大事だし、対応や態度も大切になってくる。プロになるということは、しがらみも多いのだ。

『この写真めっちゃええ感じに写っとらん?』
『ですね。特に日向さんは普段とのギャップを感じられて良いと思います。お酒入ってちょっと大人っぽくなってます』
『なんで誉めるん翔陽くんやねん!』
『宮さんはいつも通りなので』

 仕事中なのに、つい気が抜けて笑ってしまう。

「名字さん何かおもろいことでもあったん?」
「あ、いえ。友達からの連絡に少し気が抜けてしまって」
「珍しい」
「⋯⋯私、仕事中そんな笑ってないです?」
「うーん、笑ってないとかやなくて、肩張ってる言うか、頑張らないけん、みたいな。やけど名字さんが頑張ってくれとるから助かる部分も多いんよね。あんま無理せんでな⋯⋯って主任もゆーてたよ」
「……頑張って、無理しすぎないようにします」
「ははは。そういうとこが名字さんらしいんよね〜」

 隣の席の同僚の先輩は私の机にチョコレートのお菓子を置いて、再びパソコン作業へと戻っていった。お礼を言ってチョコレートを口に入れ、糖分が染み渡る感覚を目を閉じながら噛み締める。
 来週から女子の1次リーグが始まる。私の仕事もまたより忙しくなるだろう。男子は遠征の練習があると言っていたな。女子と男子の試合が終わっても結果次第でその後もより忙しくなるし、仕事が落ち着くのは再来月くらいだろうか。チームマネージャーとも仕事の連携を深めながら仕事に邁進するしかない。
 でも、こうやって仕事のことを考えるばかりの人生は安心できる。それはやっぱり変わらないのだ。


* * *


 それからしばらく経った頃。予想通り仕事は繁忙を迎えて、いつもに増して退社時間が遅くなる日々が続いたある日。久しぶりに侑から連絡がきた。

『おう。今日何時に仕事終わんねん』

 ヤンキーの絡みかと思いながら仕事の片手間に返事をする。

『21時には退社したいと思ってる』
『は? そんなに遅くまで仕事しとるん?』
『今忙しいからね。終電の人もいるから私は早い方だよ。それに侑だって練習遅くまでしてるでしょ』
『俺の練習はそれと同じ話やないやろ。まあええけど、ほんなら21時にロビーで待っとくわ』
『話が見えてません』
『渡すもんある』

 渡すものとは? 思わず眉間に皺を寄せる。わざわざ仕事終わりの私を待ってまで渡したいものとは。聞きたいことは多いけれどこのまま仕事中にやり取りを続けるわけにもいかないと私は一旦、わかったと返事をして終わらせた。
 実際、21時を少し過ぎた頃に仕事は一段落を迎えた。侑が待っていることを思い出したのはエレベーターの中で、ロビーで待ちぼうけている侑を見つけると私は頭を下げて慌てて謝った。

「ごめん! 仕事に夢中で遅れました! そもそも約束してたことさっき思い出しました!」
「おーおーやけに素直やな」
「⋯⋯ごめん練習疲れてるのに待たせて」
「ええって好きで待ったんやし。ほれ、これ」

 責める様子もなく、侑は私の目の前に紙袋を掲げた。そう言えば渡したいものがあるから来るって言ってたんだよね。A4サイズの紙袋を受け取って中身を覗く。

「土産や」
「えっ」
「それ食いたい言うてたやろ」
「嘘。待って。あ、これ⋯⋯! これはお取り寄せ不可の私が気になってたやつ! え、いいの? 本当に?」
「ついでや、ついで。またまた時間あったから買えただけや」
「すっごい嬉しい!」

 破顔する勢いで喜ぶと侑は満足そうに口角を上げた。

「それ食って仕事頑張りや」
「いっぱい頑張れます」

 言っても今日は家に帰るだけだから、着いて遅いけどこれは自分へのご褒美として一口だけ食べちゃおう。そしてまた明日の仕事を頑張ろう。そう考えると帰ることが少しだけ楽しみになる。
 
「あとそれ、お前にだけやから内緒やで」

 そう言いながら侑は立てた人差し指を自分の口元に運ぶ。悪戯な笑みは、まるで子供のようだと思った。

「うん、わかった。内緒ね」

(20.05.20)