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 廊下を歩きながらガモちゃんの言葉を考える。確かに、佐久早くんはどんな女の子を好きになるんだろう。

「ガモちゃん、私もう1つ伝えておかなくちゃいけないことがあって」
「あはは。名前ちゃん伝えたいことたくさん抱えてたんだね」
「ごめんいきなり⋯⋯」
「大丈夫だよ」

 教室に戻ったら佐久早くんがいるだろうから、その前にガモちゃんに伝えておこうと端的に言う。

「佐久早くん、誤解してるみたいなんだよね」
「誤解?」
「ガモちゃんが嘘で告白したんじゃないかって。友達に罰ゲームだと思って告白しちゃえばって言われてたの聞こえてたんだって」

 記憶を思い起こそうとしているガモちゃんから返事はなく、考え込みながら「ああ⋯⋯そっか。そうだったんだ」とこぼす。その様子に少し心配になったけれど、納得した顔を見せたガモちゃんはいつもの調子に戻ったようだった。

「教えてくれてありがとう。ちょっと腑に落ちた」

 教室の前まで来ると、開きっぱなしのドアから佐久早くんと元也くんがお弁当を食べているのが目に入った。
 元也も部活が忙しくて彼女どころじゃないなんて言ったりするけど、佐久早くんもそうなんだろうか。それともやっぱり佐久早くんにとって他人からの好意は誰から向けられても迷惑なものなんだろうか。
 そんなことを気にしながら私たちも座ってお弁当を食べはじめる。時々クラスの女子でグループになったり、他のクラスに行って食べたりもするけれど今日は特にそういうことはなくて、隣にいる元也と佐久早くんと時々雑談をしながら食べ進めていた。

「元也のお弁当の量多くない?」
「それが育ち盛りだから全然多くないんだな」
「いいな。羨ましい」
「羨ましい?」
「いっぱい好きなもの食べられるじゃん。私なら食べ放題巡りする」
「食い気が凄い」

 雑談と言っても話すのは私と元也が殆どで、時々佐久早くんかガモちゃんに問いかけして答えてもらうという感じだった。
 食べ終えてお弁当箱をしまった私に、佐久早くんがおもむろに声をかける。

「名字、ちょっといい」
「⋯⋯え? 私?」

 そんな風に声をかけられたのは初めてで、私はあからさまに動揺した。

「他に誰がいるんだよ」
「ですよね⋯⋯」
「一緒にロッカーのとこ来て」

 ガモちゃんを見る。いってらっしゃいの代わりに手を振られて、困惑しながら佐久早くんの言葉に従い教室の後ろにあるロッカーのほうへ移動した。わざわざその場で言わないなんて一体何を言われるのだろうとじっと佐久早くんの顔を見上げる。

「この前のことだけど」
「この前?」
「雨の日、バス停で」
「ああ、うん。あの日」

 あれから確か1週間くらい経っている気がする。

「名字もしかして誰かに自分の傘渡したから傘無かった?」
「えっなんで分かったの?」
「名字が傘渡した人、多分うちのお婆ちゃん」
「まじか」
「ビニール傘だよな」
「ビニール傘」
「持ち手が黒」
「持ち手は黒」
「マスキングテープが貼ってるやつ」
「間違い防止で黄色い花のやつ貼ってる」

 佐久早くんが言う傘の特徴は全部一致して、点と点が線で繋がるように、全ての物事が収まるところに収まるかのように、急にすっきりした気分になる。
 
「お婆ちゃんが名字にお礼したいって言ってるんだけど」
「えっいいよ別に。傘もそのまま使ってくれれば⋯⋯いやそれもそれで⋯⋯もう煮るなり焼くなりご自由にどうぞって感じで。私は佐久早くんがくれたやつあるから」
「は? あれ使ってんの?」
「使ってるよ。なんならマスキングテープ貼ったよ」
「まじかよ⋯⋯て言うか煮るなり焼くなりって何だよ⋯⋯」

 なんだ、佐久早くんが言いたかったことはこれか。そうだよね、私と佐久早くんがそんな大事な話するわけないし、ましてやここは教室だし。と今まで何かに怯えていた自分がバカらしくなる。
 それにしても案外佐久早くんもお婆ちゃんと仲が良いかなとか家族の前ではやっぱり少し態度とか違ったりするのかなとか、また邪な興味が沸々と沸き上がってきた。

「て言うか何にやけてんの。気持ち悪い」
「女の子の顔見て気持ち悪いって佐久早くんもなかなか酷いね」
「事実だろ」
「ますます酷いよ⋯⋯!」

 話ながら自分の机に戻ると、トイレから戻ってきた元也が佐久早くんを見て言う。

「なんか佐久早楽しそうじゃん」
「別に普通」

 佐久早くんはすぐに否定したけれど、何気ない元也の一言は妙な形で私の心に残った。それが何であるかを自分で理解出来るのはもっとずっと後の事だけれど。

(20.09.14)

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