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 月に1回、2時間の枠で選択科目の授業がある。
 初回のみ説明ということで1時間の枠だけれど、この前話をした通り元也と佐久早くんは音楽を選んで、私はガモちゃんと一緒に家庭科を選択した。入学してから今日まで家庭科室に入ったことがなかったと気が付いたのは、ガモちゃんが扉を開けた時だった。

「家庭科室って普通に綺麗なんだね」
「名前ちゃん入ったことなかったの?」
「ガモちゃんあるの?」
「1年生のとき家庭科室の掃除担当あったから」
「うちのクラスは化学室だったんだよね」

 席について取り留めもない話をしながら先生を待つ。予想通り家庭科を選んだ大抵の生徒は女子生徒で、そこに一握りいる男子生徒は肩身が狭そうに端のほうにかたまって座っていた。
 選択科目なんてある意味休憩みたいなもので、数学の公式や英語の文法を詰め込まなくてはいけない時間から暫し解放されるご褒美タイムだ。

「今更だけど、わたしに合わせて家庭科で本当に良かったの?」

 ガモちゃんは心配そうに言ったけれど、つまるところ私は家庭科でも音楽でも美術でも何でも良かったのである。

「えっなんで? いいよいいよ」
「古森くんと仲良いし、音楽が良かったんじゃないかってちょっと心配だったんだよね」
「元也も佐久早くんに合わせたみたいだし、私もそこまで元也にべったりってわけじゃないからさ」
「名前ちゃんは古森くんと付き合ってるわけではない⋯⋯んだよね?」
「ないない! たまに聞かれたりするけど普通に仲の良い友達」

 聞かれる度に否定しているけれど、時々思う。男女の友情は成り立っても、程よい距離感を大切にしなければいけないと。面倒だけど、近すぎる距離感は周りに誤解を与えるらしい。

「わたしそんな風に異性の友達っていないからなあ」
「元也はあんまり異性って感じしないけどね」

 予鈴が鳴ってざわついていた室内が少しだけ静かになる。それでも先生が来る気配のない室内は小声の会話が飛び交っていた。
 好きとか嫌いとか。付き合うとか別れるとか。私自身にはそんな話はないけれど、人から聞くこの手の話は嫌いではない。自分に浮わついた話がないからこそ、友達の恋愛話を聞けるとつい楽しくなるのだ。根掘り葉掘り聞くのは違うけど、それでも気になった。
 ガモちゃんは、佐久早くんのことを今も好きなのかな。こう言う話をガモちゃんとはしたことがなかったけれど、今年のバレンタインデーの時のことは記憶に強く残っている。

「⋯⋯ガモちゃんは」

 浮かんだ疑問をぶつけるタイミングがなかなか見出だせずに、ようやく口が開いてガモちゃんは佐久早くんのこと好きなの? と聞こうとしたのに、その言葉は本鈴の音に書き消された。それと同時に先生が教室に入ってきて、室内はゆっくりと静かになっていく。
 前から順番にレジュメが配られて全員に行き渡ると、それを見ながら先生は1年間の授業スケジュールの詳細を話しはじめた。説明を聞くだけの授業はどうしてこんなにも長く感じるんだろうか。これが終わればお昼だと言うのに、時計の針は一向に進もうとしない。
 それでもどうにか耐えきると1時間は過ぎ去って、お昼の合図と共に生徒たちは気だるげに家庭科室から出ていった。
 
「名前ちゃん、さっき何か言いかけてなかった?」
「あー⋯⋯」
「なにかあった?」
「何かって程でもないんだけどね」
「なになに、言ってよ」
「ガモちゃんは、今も佐久早くんのこと好きなのかなって」

 気が付けば家庭科室に残る生徒は私たちだけで、驚いた顔をするガモちゃんに先生が「鍵閉めるから早く教室戻りなさい」と声をかける。廊下に出てすぐ、ガモちゃんは言った。

「佐久早くんってどんな女の子好きになるんだろ」
「えっ?」
「前に告白したことがあって、その時『だから?』って言われちゃって。その後は『無理』ってばっさり言われたんだよね」

 あの日の事だ。とつい告白を聞いてしまった時のことを思い出す。
 忘れていたけど私は2人の間にある誤解を知っているんだ。友達として本当の事を伝えたいけれど、その前にその告白の場に私が居たことをガモちゃんに伝えなければいけないと慌てて名前を呼んだ。

「ごめんね、ガモちゃん。思い出したんだけど、謝らないといけないことある⋯⋯」
「謝らないといけないこと?」
「私その日、部活終わった後に忘れ物とりに戻って、その時聞こえちゃったんだよね。その、ガモちゃんの告白⋯⋯聞くつもりはなかったんだけど」
「⋯⋯わたし去ったときに誰かとすれ違ったなと思ったんだけど名前ちゃん?」
「多分、私⋯⋯ごめん」
「や、それはさすがに不可抗力って言うか、わたしも聞かれてもおかしくはない場所で言っちゃったし」

 ガモちゃんは笑いながら「恥ずかしいところ見られちゃったなあ」なんて言う。聞かれたことに関しては本当に気にしていないようだった。

「わたしもたまに分からなくなるんだ」
「え?」
「1年生の時、佐久早くんと同じクラスだったのがきっかけで好きになったんだけど、振られてチョコレートは受け取って貰えなくて、これ以上好きでいても傷付くだけだからやめようって思うのに、時々好きかもって思う。上手に好きじゃなくなれれば良いのに、なんで恋って1人でも出来ちゃうんだろうね」

 ガモちゃんは少しだけ寂しそうな瞳をしていた。

(20.09.11)

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