2年生の最も大きなイベントと言えば秋から冬の始まり頃行く修学旅行だ。井闥山学院では3つの行き先から生徒が選択する形をとっていて、今年の候補先は北海道、沖縄そして韓国だった。
ホームルーム中に配られた資料にはそれぞれの行き先の行程が書かれてあり、皆の雰囲気を見ると女子は韓国に行く人が多いようだ。
「元也たち修学旅行先どうするの?」
資料にざっくりと目を通した後、私はいの一番に元也にそう訊ねる。
「わかんないけど、佐久早と話して決めるかな。名前は?」
「私もガモちゃんと一緒にするけどどうせなら元也たちも一緒のほうが楽しいかなと思ってる。まあ無理にじゃないから上手く擦り合わせ出来たらだけど」
「まあこんなことでもないと一緒に旅行なんて行かないもんな」
「でしょでしょ」
それぞれの訪問先はどれも違った魅力があるけれど、どちらかと言えば「どこに行くかよりも誰と行くか」を重視したいので私はどこに決まっても構わなかった。
それこそ元也の言うようにもし4人でどこかに出掛けるならきっとこれが最初で最後だ。
「じゃあ決まったら教えて」
「わかった」
そんなことを元也と話したその日のお昼休み、私はガモちゃんとお弁当を食べながら修学旅行についての意見を出し合っていた。
「ガモちゃん。私、修学旅行は一緒のところにしたいなって思ってたんだけどいい?」
「勿論だよ。わたしもそのつもりだったし」
「よかった! ガモちゃんどこがいい? 私はどこでもいいんだけど」
「わたしもどこでもいいかな」
「元也たちと合わせるのもどうかなって思ったんだけど、ほら、一緒のほうが楽しいかなって⋯⋯」
佐久早くんも一緒ってことはガモちゃん的にもそんなに嫌な事ではないとは思いつつ、それでも気を使って無駄に疲れちゃうのは意味がないから私はやんわりと訊ねる。
「あー⋯⋯うーん、そうだよね⋯⋯」
私の心配は的中したのか、ガモちゃんは少しだけ微妙な反応を見せた。その様子を見て慌てて私は言う。
「無理にじゃないよ! 私、ガモちゃんと一緒なのが1番だし」
残り少ないお弁当。ガモちゃんは食べるのをやめて、1度私をしっかりと見つめた。黒くて丸い瞳に私が映る。
ガモちゃんと友達になってから月日は浅いし、まだお互いの事実はそんなに分かっていないとは思っていたけれど、私は見つめられる瞳にどんな気持ちがこもっているのか、何一つ分からなかった。
「ガモちゃん⋯⋯?」
「あっごめんね。いいよ。私も古森くんと佐久早くんと同じ行き先で」
「え、本当に? 無理してない?」
「してないしてない!」
ガモちゃんが何を考えていたのかを知るのはもっとずっと先のことたった。
私は少し気がかりでもあったけれどガモちゃんも一応は良いと言ってくれたし修学旅行先希望用紙の提出期限までに元也と話をしようと決める。
「じゃあ元也と話してみるね」
「うん」
「まだちょっと寒いけど夏越したら修学旅行って考えるとあっという間だよね」
「本当だよね」
「あ、でも梅雨もくるし⋯⋯あれ、ていうかナイトウォークってこの時期じゃなかった?」
「あ⋯⋯そうかも。確か梅雨前だよね?」
「うわ⋯⋯地獄の季節」
ここ、井闥山学院には修学旅行や体育祭、学園祭などに並ぶ学校行事がもうひとつあった。ナイトウォークである。
「何も知らない去年に戻りたい⋯⋯」
「普通に眠くなるよね」
夜から早朝にかけて長い距離を歩くナイトウォークは伝統的な行事の1つで、受験生である3年生を除いて1年時2年時に行われるものだ。夜、ジャージ姿で学校に集まった生徒は先生からゼッケンを受け取りバスに乗り込む。するんと簡単にスタート地点まで連れていかれると、学校まで徒歩で帰る長い長い夜が始まるのだ。
もちろん等間隔に保護者の人が立ってくれていて安全や治安をきちんと守ってくれている。途中に休憩ポイントもある。万全の状態で挑むのだけれど、何が辛いって普段寝ている時間だから歩いていても眠くなるのだ。生活リズムを戻すのが面倒だし、肌にも悪そうだし、睡眠の質を考えるとあまり乗り気にならない。その季節がまた来るのである。
「小一時間くらいなら歩いてもいいかなって思えるけど普通に夜通しってキツい⋯⋯」
「土砂降りなら中止なのにね」
「てるてる坊主逆さにするしかないかな⋯⋯」
「あはは」
ガモちゃんは私よりも嫌がってはいなさそうだった。星空が綺麗だとか、普段と違うことをしている高揚感とか、それなりに楽しいところだってあるけれどやらなくて良いならやりたくない。まあマラソン大会よりはましだけど。
「名前、今年は歩きながら寝ないように気を付けろよ」
そう声をかけたのは元也だ。
学食から帰ってきたのか、自分の席に座ると私とガモちゃんの会話に混ざりながら去年の話を持ち出してくる。
「寝ないよ。去年だって寝てないよ。そもそも歩きながら寝るとか器用すぎでしょ」
「でも船漕いで転びそうになってなかったけ?」
「そんなこともあったような⋯⋯なかったような⋯⋯」
ふと気になって佐久早くんのほうを見る。昼休みが終わる5分前。頬杖をついて気だるそうにしている佐久早くんも睡眠の質を気にしそうだ。
「佐久早気になる?」
「いや、佐久早くんも睡眠の質を気にする同志なんじゃないかなって」
「だからって佐久早は歩きながら寝たりしないとは思うけど」
「いや私も寝ないよ!」
ガモちゃんは私達の会話を笑って聞くだけだった。
(20.09.29)