6月に入ってすぐ、ナイトウォークは実施された。
「あーいよいよ来た⋯⋯」
「名前ちゃん大丈夫?」
「昨日から今日にかけてしっかり寝てきたから大丈夫だと思う」
私の願いも虚しく当日は雲ひとつない快晴で、ナイトウォークの醍醐味である星空はよく見渡せた。ゼッケンを受け取った私達は大型のバスに乗り込みスタート地点を目指す。車でおよそ50分の距離を歩いて帰らせようとするのだからやはりこの行事、好きにはなれない。
「ガモちゃんはそんなに嫌じゃない?」
「んー⋯⋯特別好きではないけど、わたし運動部じゃないしこういうしっかり運動することってなかなかないから楽しもうって感じかな」
「前向き⋯⋯見習う⋯⋯」
ガモちゃんはいつもおろしている髪を高い位置でひとつにくくっている。これが終わって梅雨がやってきて、夏の暑さに溶けそうになると修学旅行か。多分、あっという間に過ぎ去っていくであろう季節に思いを馳せる。
「まあ、最後だし頑張るか」
「最初と最後しかないんだけどね」
「確かに⋯⋯」
バスを降りてスタート地点に降りると、再度点呼がかかる。道程については事前に学校で説明があったし、等間隔に保護者の人が立って誘導してくれるので概ね問題はない。
途中、脱走を企てる生徒も中にはいるらしいけれど毎年に先生に阻害されて成功したものもいないと言う。
住宅街の光が遠くに見えて、校長先生の声は静かな夜によく通った。久しぶりに砂利道を踏む感覚。大きく息を吸うと少しだけ湿気をまとうようになった空気が肺に入ってきた。
始まりの合図が夜空に消えていく。私とガモちゃんはゆっくりと長い夜を歩き始めた。
「名前ちゃんはさ」
「うん」
数分もすれば生徒間に距離がうまれ、ぽつぽつとグループができてくる。遠くに見える等間隔のライトが保護者の持つ誘導灯だ。横を歩く生徒は知らない顔のほうが多い。ガモちゃんはそんな中で前触れもなく言った。
「佐久早くんのこと好きだったりしないの?」
「⋯⋯え?」
思わずガモちゃんを見つめる。何を意図としてその質問をされたのか分からなかった私はすぐに答えられなかった。
「えっと⋯⋯?」
「あ、ごめんね。違うの。困らせたいわけじゃなくて」
歩く速度はそのままに、ガモちゃんは続ける。
「わたし、たまに佐久早くんのこと本当に好きなのかなって思う時があってね」
「うん」
「好きでいることを重視しちゃってるんじゃないかなとか考えちゃって。そうしたら分からなくなるんだよね。わたし、純粋に佐久早くんのこと好きって言えるのかなって」
「そう、なの?」
「前に名前ちゃんから今も佐久早くんのこと好きなのかって聞かれたとき、すぐに答えられなかった。自分でもどうなのかなって思っちゃったんだ。だからそれもあってわたしも自分の気持ちが実際はどうなのかなって本当はよくわかってないの」
ガモちゃんの柔らかい声は、藍色の夜によく似合っていてまるで溶けていくようだと思った。
「名前ちゃんは古森くんと仲良いけど、佐久早くんとも普通に話してるし⋯⋯仲良い、よね?」
「えっそう見える?」
「仲良くは見えるよ。わたし男の子との距離感掴むの苦手だから普通に話せるの羨ましい」
「ごめんね、ガモちゃんが気になるようだったらあんまり話したりとかしないし! 佐久早くんの事そんな風に考えたことなかったから気にしなかったってうか、そもそもガモちゃんの好きな人だって思ってたから好きになんてなれなくて」
その言葉にガモちゃんはハッとした顔をして慌てるように次の言葉を紡いだ。
「違うの。そう言うことを言いたかったわけじゃないの! あのね、もし佐久早くんのこと好きになったらわたしのことは考えなくていいからねってことを言いたくて」
「え?」
「わたしに気を使って好きなのに好きになれないって絶対に違うと思うから」
「う、うん」
「そうなったらそうなったでわたしは大丈夫だから」
「でも私本当に佐久早くんのことは友達としか思ってないよ?」
「うん。でも万が一その時が来たら、今日の私が言ったこと思い出してね」
「⋯⋯わかった」
苦くて優しい夜が降りかかる。誰の頭上にも平等に光る星があって、私達は流されるようにゴールを目指す。
佐久早くんについての話はそれで終わって、後は最近あったこととかそんな他愛もない話を飽きることなく繰り返していた。
それでも私は心の中でガモちゃんが言っていた言葉がずっと気になっていた。この大勢の生徒の中のどこかにいる佐久早くんのこと。好きになんてなったりするだろうか。ガモちゃんはああ言ったけれど、友達の好きな人を好きになるなんてこと出来る限りしたくはない。
確かに、それなりに友達として距離を縮めてはいると思う。でもだからってそれは必ずしも恋愛には繋がらない。それとも恋愛は理屈ではないんだろうか。
物思いに耽るにはうってつけの夜、私達は最初の休憩地点に着こうとしていた。
(20.09.30)