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 連日続く雨。
 ナイトウォークが終わった翌週から、関東一帯に梅雨入りの宣言が下された。
 昨年新調した除湿器がリビングでフル稼働しているのを見つめる。

「なに、暇なの?」
「んー」

 部活が休みの日曜日に、ダラダラとソファで携帯を触っている私に、何かを頼みたそうな声でお母さんが話しかけてきた。まあどうせ足りない調味料か野菜があったんだろう。ちょうど雑誌を買いに行きたいと思っていたしとお母さんの方を向く。

「どうせ買い物でしょ? いいよ。その代わり雑誌買って」
「⋯⋯あんたね」
「だって雨だよ?」
「まあいいわ。椎茸とニンジンとバターに⋯⋯それと、この前教えてくれた除菌シート凄い使い勝手よかったからストック分も買ってきて」
「えー⋯⋯重そうだな⋯⋯」
「雑誌買ってあげるんだからそれくらい手伝って」
「⋯⋯わかったよ」

 ずいぶん前に佐久早くんから教えてもらった除菌シートを気に入ったのはお母さんだった。元也は佐久早くんのことを潔癖症と言っていたけれど、元々うちのお母さんが綺麗好きということもあって、私はあまり佐久早くんの潔癖な部分に違和感を持たなかった。
 もちろん、普通の感覚から逸脱している部分があるとは思うときもあるけれど、私にとってそれは許容範囲だったのだ。
 佐久早くんもこの除菌シートをリピートしているのかな、なんて事を考えながらレインブーツを履いて街へ繰り出す。近場のスーパーでも良かったけれど、せっかくなら大型のショッピングモールで買い物している方がテンションが上がると思い電車に乗った。雨粒が叩きつけられる電車の窓からは、外が歪んで見えている。 


▽ ▲ △ ▼


 そんな遅い時間というわけでもないのに、雨雲で外は暗い。モールにいる時は買い物をしていて気にならなかったけれど、外に出てしまうとやはりそんなことを考えてテンションが下降する。
 左手に荷物。右手に傘を持てば私の両手はすぐにうまってしまった。必要なものと、買う予定の無かったものまで買ってしまったせいでより重くなったビニール袋はもうすでに半分が雨に濡れている。
 梅雨とは言え日曜日は家族連れが多いから、手を引かれる子供に荷物がぶつかってしまわないようにと注意しながら歩いていると、早々と私の傘が何かにぶつかった。

「あっ! すみません」

 反射的に謝る。あれでもなんか見たことある装いだ、と私はビニール傘越しにぶつかった人を見上げた。

「いや、あ⋯⋯名字」
「佐久早くん? え、何。佐久早くんも買い物?」
「違う。最寄り駅ここ」
「そうなの?」
「まあここからバス乗るけど」

 私がぶつかったのは佐久早くんだった。佐久早くんは部活のジャージをきて、私よりも一回りほど大きい傘を持っていた。鞄も含めて意地でも濡れないという気合いがうかがえる。
 私を見てちょっとだけ驚いて、でもまたすぐいつもの調子に戻る佐久早くん。そう言えば、太陽を覆う雲の隙間から光が漏れるあれをなんと言うんだったっけ。ほら、確か、そうだ。薄明光線だ。どうしてそんなことを思ったのか自分でもわからなかったけれど、私はそんなことを考えた。

「家ここら辺だったんだ。あ、そっか。前にバス停で会ったのもここらへんの地域だもんね」

 そう言う私の姿を上から下まで見た後、傘の持ち手を見て気がついたら佐久早くんが言う。

「それ、あの時の傘?」
「ああ、うん。そうそう。ほら、マスキングテープ。可愛いでしょ?」
「⋯⋯可愛い、のか?」
「可愛いの」

 持ち手に巻かれたマスキングテープを見せると、佐久早くんは賛同しにくいですと言いたそうな顔をする。

「佐久早くん、部活帰り?」
「うん。名字は⋯⋯あ、それ」
「え?」
「それ、気に入った?」

 そう言って佐久早くんが指差したのはお母さんに頼まれていた除菌シートだった。そう、佐久早くんからおすすめされた。ビニール袋に入っているおかけで1つどころか3つほどまとまって入っているのがすぐにわかる状態だ。

「えっと⋯⋯うん、特にうちのお母さんが」

 佐久早くんは満更でもなさそうな顔をした。

「ストックも買ってって言われて。それでこんなに。ちょっと恥ずかしい」
「なんでだよ」
「でもお母さん凄い気に入ってた。うちお母さんが綺麗好きで家の中基本ピカピカなんだけど、多分佐久早くんと気が合うと思う」
「は?」
「あ。いや、別に他意はない!」
 
 だからたまに佐久早くんといると家にいるみたいな感覚で落ち着くなんて口がさけても言えない。まあお母さんは綺麗好きなだけであって潔癖とは少し違うんだけど。

「突然うちの親のこと言われても知らんわって感じだよね。ごめん」
「いや、まあ⋯⋯そうなんだけど。別にまた何かあったらおすすめくらい教えるし」

 怒ったかなと思ったけれど、そうでもなかったらしい。少しくぐもったように佐久早くんはそう言う。

「あー⋯⋯じゃあ、電車きそうだからいくね」
「ああ。そうだな」
「また、学校で」
「また」

 そう言って佐久早くんは傘の群れに消えていった。
 心の中がくすぐられる感じ。うまく言えないこの感覚はなんなんだろう。振り返ってももう佐久早くんはいない。わかっているのに、それでも私は振り返って、佐久早くんの傘はどれだろうかなんてこと考えてしまった。

(20.10.08)

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