それからしばらくして梅雨が明けた頃、再び席替えが行われた。
例に漏れず、朝のホームルームが始まってすぐのこと。何の知らせもなかった教室は前回と同様に不満と歓喜の声で満ちていた。
「最初はどっち付かずの席と思ったけど元也いたから結構楽しかったんだよね、ここ。まあでもそろそろ元也にも飽きてきたけど」
「酷! なんでだよ、俺たち腐れ縁みたいなところあるじゃん?」
「嘘だよ。まあでもさすがに次は近くにならないだろうね」
「⋯⋯っていうフリ?」
「確率の問題じゃない?」
「天文学的確率的な?」
「ややこしいなあ。そうなるともはや運命じゃない?」
「それうけるから」
お互い絶対に友達であるという確信から言い合えるジョークを交わしてくじを引く。もちろん運命なんてロマンティックなものは存在するはずもない。じゃあねと言い残し元也とは違う方向に机と椅子を持って移動すると、隣にきたのは佐久早くんだ。
「え、佐久早くんここ?」
「どうも」
「隣?」
「みたいだな」
床にゴミが落ちていないか、周りが汚くないかをチェックしながら左右前後と並ぶ位置を乱さないように机の位置を微調整する佐久早くんを見ながら私は喜びを覚える。
そっか。佐久早くんが隣なんだ。なんかちょっと嬉しいかも。一番最初も佐久早くんの隣の席だったはずなのに、あの時とは違う感情に自分でも驚く。
ふと思い出してガモちゃんと元也の位置を探す。
「あ、元也とガモちゃんも近いんだね」
「どれ?」
「あそこ」
「ああ」
それほど遠くはない位置に2人を見つけて手をふる。グループワークで一緒になれる位置ではないだろうけれど、振り返れば2人は見える位置にいる。
そうやって考えると、もし授業中に隣同士でペアを組んでと言われれば私は佐久早くんと組むことになるわけだ。
「佐久早くんに迷惑かけないようにするからよろしくね」
「迷惑ってなに」
「えー⋯⋯なんだろ」
「言っておいてないのかよ」
「あったときのために先に言っておこうかなって」
佐久早くんの眉間に皺が寄る。マスクをしているから分かりにくいけれど、これは多分怒っているというより考えている、だ。
「⋯⋯まあ別に」
梅雨が明けて夏が来る。日中外に出るのも嫌になるくらい暑い日が何日も続くだろう。それでも佐久早くんは毎日マスクをするのかな。それともマスクを外して登校する? じっと佐久早くんの白いマスクを見ながら考える。
次は体育だからそのマスクは外される。佐久早くんがマスクをしないタイミングなんて学校にいたら体育とお昼ご飯と部活の時くらいだろうし。私がそんなことを考えていたなんて微塵も思わないであろう佐久早くんは私のほうを見たまま、先程と同じように眉間に皺を寄せて言った。
「別にいいけど、それくらい」
シュワシュワと音を立てて炭酸が弾けるような。
私は佐久早くんといると時々、自分でも知らなかった感情と出会うことがある。元也といるときとも違うそれは、けれど恋と呼んでしまうにはまだ未熟なもののようにも思えた。
ナイトウォークのときにしたガモちゃんとの会話を思い出す。『もし佐久早くんのこと好きになったらわたしのことは考えなくていいからね』とガモちゃんは言った。もちろん嫌いではないけど。じゃあ、だからって好きですってなるわけでもないし。
「じゃあ、その時はお世話になります⋯⋯?」
「世話⋯⋯」
「違う?」
「世話は遠慮したい」
迷惑は良いけど世話になるのは遠慮したいってどういうことなの、と思わず笑ってしまう。ああそろそろ次の体育に向けて移動しないといけないのに、佐久早くんの言動が私のツボに入ってしまう。
「何に対してそんなに笑ってんだよ」
「えー? 佐久早くんて面白いなって」
「はあ? どこが」
そうして佐久早くんの眉間にはまた皺が寄る。それは考えているではなくて不機嫌のほうだ。
「もっと話してたいけど次体育だし着替え行かないと」
「人に面白いって言っておいて逃げる気か」
「誉め言葉だよ」
「誉められた気がしない」
「そうかなあ?」
ジャージが入った鞄を手に取る。そう言えば今日から体育はバレーボールをするって言っていたからしばらくは元也と佐久早くんが大活躍するだろう。
「そういえば次の体育バレーだよね。佐久早くんたち大活躍じゃない?」
「体育で大活躍もなにもない」
「えー私は結構楽しみにしてるんだけど」
「ふうん⋯⋯」
意外と悪くはない反応に私は思い付いたことを口にする。
「あ、なんなら今度試合応援しに行きたい! ガモちゃんと!」
「良いけどはしゃぐなよ」
「はしゃがないよ! あ⋯⋯でもうちわとか作った方がいい⋯⋯?」
「良いわけないだろ」
ぴしゃりと佐久早くんは言う。私は笑って「冗談だよ」と言ったけれど、応援しに行くことは良いんだ。
始まったばかりの夏に、今はまだ難しいことを考えなくても良いんじゃないかなと思うだけだった。
(20.10.08)