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 実際に私が佐久早くんに迷惑をかけてしまうことになったのは席替えから3週間ほど経った頃のことだった。定期考査も終わり、後は夏休みがやってくるのを待つだけ。そんな折。

「悪い。今日の日直は⋯⋯佐久早と名字か。後で頼みたいことあるから職員室来てくれ」

 担任の宣言と共に私と佐久早くんは目を合わせる。まじか。言葉にしなくても私たちの心は同じだったと思う。とは言え日直の運命からは逃れられるわけもなく、次の休み時間に職員室に行くと爽やかな笑みを添えて段ボール2箱を手渡された。

「次の化学、実験あるから化学室によろしくな」
「はーい⋯⋯」

 あからさまに嫌な顔をする佐久早くんの隣を歩く。

「意外と重いね」
「名字が持てないなら俺が1人で運ぶけど」
「平気。持てる。それにだからって佐久早くんだけに仕事まかせられないでしょ」

 私よりも重たい箱を運んでくれる佐久早くんはその重さを物ともしていないようだ。まあ筋肉量も違うしそんなもんだよねと思いながら化学室に向かう途中、その事件は起こった。

「チッ⋯⋯」

 佐久早くんが小さく舌打ちをする。どうしたのかと見上げようとした時、佐久早くんの身体が私の方へ向かって大きく動いたのがわかった。あれ、このままだとぶつかるし私は多分避けきれない。一瞬にしてそれを思って、そしてそれは現実となった。

「わっ」

 やってきた衝撃と共に、背後で男子生徒の「悪い」と言う声。あ、そっか。誰かが佐久早くんにぶつかって、それで佐久早くんが舌打ちをして、それと同時に傾いた佐久早くんの身体が私に当たったんだ。状況を理解しても転ぶ身体を止められるわけでもない。

「名字!」

 佐久早くんが焦燥の色を滲ませて私の名前を呼ぶ。あ、段ボールを守らなくちゃ。そう思って段ボールを守るように転んだ私は多分、見事な転びっぷりだったと思う。痛みと共にやってきたのは羞恥。

「おい、大丈夫か」

 痛くて立ち上がれないまま床に座り込んでしまった私の眼前に佐久早くんがいる。咄嗟に「ごめん、大丈夫」と言うのが精一杯だった。

「あっ⋯⋯段ボール! 中身大丈夫!?」
「問題ない。それより名字だろ」
「いや、私は平気!」
「平気って転び方じゃなかった。悪い、俺がぶつかったから」
「いや佐久早くんのせいじゃ⋯⋯」

 責任の所在を突き止めるのなら最初にぶつかってきた男子生徒たちのような気もするけれど、みんな誰かを怪我させようとして意図的にぶつかったわけではないし、結果段ボールを持った私が転んでしまっただけだし、そもそも段ボールを持っていなかったらもっと反応できたし⋯⋯と考えてもどうしようもないループに陥りそうになる。て言うか私、やっぱり酷い転び方だったんだ。

「怪我は?」

 珍しく食い気味に佐久早くんは私に尋ねる。
 痛いのは右足で、転びそうになったとき踏ん張ろうと変な方向に力を入れてしまったのを覚えている。捻挫はあり得るかもしれないとソックスの上からくるぶしを触る。心なしか腫れている気がした。

「⋯⋯足首がちょっと痛いかもしれない」
「立てるか? 保健室行くぞ。立てないなら俺が背負う」
「立てます!」

 佐久早くんに背負ってもらうなんて骨折でもしない限り無理! と思いながら痛む足で立ち上がる。この痛みは捻挫だなと確信しつつ、ゆっくりなら歩けなくもないしと佐久早くんには1人で保健室に行けることを告げた。

「⋯⋯付き合う」
「いいよ。それに段ボールこのままには出来ないし。ごめんだけど佐久早くんには2箱運んでもらうことになっちゃうけど⋯⋯」
「それは別にいい」

 じっと私を見つめる瞳。心配してくれているのはわかっているけれど、そんな風に見つめられると、何に対して動揺すればよいのかわからなくなるからちょっと困る。

「⋯⋯本当に悪い」

 私とぶつかったことに罪悪感を強く感じている佐久早くんは珍しく狼狽しているようだった。こんな佐久早くんはじめて見るかもなんてことを頭の片隅で考える。
 保健室に行くから授業遅れてしまうことを先生に伝えておいてほしいと頼んで私は1人で保健室に向かった。湿布を貼ってもらって、安静にしなさいと言われてそれで終わり。捻挫なんて別にこんなもの。佐久早くんがあんな顔をするような大きな怪我ではない。

(でも佐久早くんは気にしちゃうんだろうな⋯⋯)

 遅れて化学室に行けばガモちゃんと元也にも心配されたけれど、佐久早くんはどちらかといえば落ち込んでいるに近かった。
 その後の授業でも佐久早くんが私を気にしているのがあからさまにわかるから、むしろ私の方が申し訳ないという感情に陥ってしまう。

「佐久早くん。タイミングが悪かったってだけだからそんなに気にしなくても大丈夫だよ? 誰かの悪意でこうなったわけじゃないし! それに捻挫だからしばらくすれば治るし」
「誰かの悪意じゃないから気になるんだろ。それにその足だと部活出来ないだろうし」
「部活は⋯⋯まあ、しばらく見学になっちゃうけど⋯⋯」

 早く治して佐久早くんの心配を消し去る為には安静するしかないのが、ただただもどかしかった。

(20.10.09)

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