別にバレー部じゃなくても夏休みに部活はあるし、むしろ部活がない夏休みは想像も出来ないし。そんなことを思いながら歩く道ではセミの声が幾重にも重なって大音量の合唱が響いている。
「聖臣、今日は絶好調だったじゃん」
「なんだよ突然」
「聖臣が調子良くて俺も嬉しいって話」
「いつも通りだろ、別に」
こんな夏日の部活終わりにもマスクをする聖臣は暑そうだ。鬱陶しそうにして、こめかみからは汗が流れているのがわかる。コイツのことだから対策はしっかりするだろうけれど熱中症になりませんようにと俺は毎年思っている気がする。
「知らない間に名前と何かあったのかなって思った」
その名前を出せば聖臣はわかりやすい動揺を見せた。
「は? 何かって何。あるわけない、そんなの」
聖臣はそう言って何事もないように振る舞っているけれど、聖臣は名前のことそれなりに好きなんじゃないかなと思っている。
普段の学校生活の中とか、夏休み前に名前に怪我させた時のこととか、思い返せばそういう要素は至るところに溢れていた。
「そう? 聖臣、最近名前と仲良いし」
「お前のほうが仲良いだろ」
「俺と名前はそういうのとは違うしさ」
「なんだよ、そういうのって」
そういうのはそういうのじゃん。年頃の男女のあれこれじゃん。なんてそんな俗っぽいこと聖臣には嫌がられちゃうから言えないけど。
「⋯⋯それに名字は誰とだって仲良くなれるようなやつだろ」
表情こそ変化を見せないものの、声色はどこか切なさを帯びているようにも思える。煩すぎる蝉の声は聖臣の声を書き消してしまいそうだった。
「だからってそういうやつ全員が聖臣と仲良くなれるわけじゃないと思うけど」
いわゆる、相性みたいなものはあると思う。名前は普通に良いやつだし、話してて楽しいし。それに名前は無意識にしているだろうけど、なんだかんだ丁寧な仕草とか、物事を遂行させようとするところとか、聖臣が気に入るのもなんとなくわかる気がする。
聖臣本人は多分、自分の気持ちには気がついていないんだろうけど。そもそも聖臣が誰かを好きになるとか正直想像出来ないし。
「仲良いわけじゃない」
「そこから否定しちゃう?」
「仲良いって言えるほど、俺は名字のこと知らないし」
なら、名前はどうなんだろう。聖臣が言うように友達をつくるのが上手なタイプだとは思うけれど、名前にとって聖臣はただの友達なんだろうか。
「⋯⋯名前は時々、聖臣のこと知りたがってたけど」
「は?」
怪訝そうに俺を見る。なんとなく、聖臣に興味があるのかなって雰囲気を出してるって感じだけど。いやこれは完全に友達しての勘みたいなものだ。名前が聖臣を好きかどうかまでは判断つかない。
「聖臣は? 名前に興味ないの?」
聖臣とはこういう話したこともないしするなんて夢にも思ってなかったけど、こういう話をするくらい長く時間を重ねてきたのかなとか思うと少し感慨深い。
毎年やってくる夏を一緒に過ごす時間はきっともう残り少ない。いつかまたライバルなったり仲間になったり、交じっては離れてを繰り返すこれからの夏に、聖臣の隣には誰がいるんだろうか。
「⋯⋯興味とかではないけど」
「うん」
「前に怪我させた時、やばいって思って」
「ああ。確かに聖臣久しぶりにやらかしたなって顔してたもんな」
「その後に心配してくれて嬉しかったって言われて、自分が心配してたことに気付いた」
「えっ心配しない? まてまて、心配してなかったのかよ」
「罪悪感はずっとあった」
例えばいつか誰かと食べ物を共有したり、美しい景色を見せたいと思ったり。そんな風に人を好きになるんだろうか。苦しかったり嫉妬したり優しく出来なかったり綺麗な感情ばかりではないけれど、それでもいいと思ったりするんだろうか。
「⋯⋯名字のことは時々よくわかんねえって思ったりするけど」
「うん」
「でも、まあ⋯⋯嫌いではない」
「おお」
「少なくとも心配するくらいには⋯⋯多分」
「そっか」
聖臣が名前を好きになっても、全然違う人を好きになっても幸せになってくれればいいと思う。ネガティブで潔癖で、人付き合いが上手いとは言えないけれど、そんな聖臣の内側に入り込める女の子がこの世界のどこかにいるんだったら、その子にも聖臣のことを好きになってもらえれば嬉しいと思う。
それが名前だったら俺は更にちょっとだけ嬉しい。ただそれだけの話だ。
(20.10.10)