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 夏休みが明けた。
 クリーニングに出していた制服のスカートはプリーツが綺麗でいつも以上に気分が上がる。どことなくまだ夏休みの雰囲気が残る教室はどこか浮わついているようにも感じたけれど、佐久早くんが隣に座ると夏休み前の出来事を思い出して私は一瞬、いろんな事を意識してしまった。

「佐久早くん久しぶり」
「久しぶり」

 話しかける声のトーンとか距離感とか、少し会わなかっただけでこんなにも分からなくなってしまうものなんだろうか。
 盗み見るように佐久早くんのほうに視線を向ける。なんとなく髪が伸びた気もするし少し肌が焼けた気もする。けれどそれもこれも気のせいな気もする。佐久早くんと会うのは久しぶりだから休み前はどうだっただろうと思い出そうとするけれど、なぜかそれは遠い昔のことのようにも感じられた。

「⋯⋯名字、焼けた?」
「えっ日焼け止め塗ってたんだけどなー⋯⋯」
「いや気のせいかもごめん」
「⋯⋯佐久早くんは髪伸びた?」
「1センチくらいは」

 こちらを向いた佐久早くんは私と目が合っても動揺なんてしない。私ばかりがいろんな事を意識してるようでなんとなく気まずい。ゆっくりと近付いた距離が、掴めてきたはずの距離が些細なことで均衡を崩す。

「夏休み、佐久早くんに連絡しようか迷ったんだけど」
「なんかあった?」
「それが結局、何もなくて出来なかったんだよね」
「どういうことだよ⋯⋯」

 だって私達は用事がないと連絡をとらない間柄だし。と思ったけれど口には出せなかった。元也にもガモちゃんにも、なんとなく連絡をすることがあるのに、どういうわけか佐久早くんと連絡をとるには何かしらの理由を探そうとする。

「でも元気そうだから安心した」
「親戚かよ⋯⋯」
「佐久早くんマスクとかしてるし熱中症になりそうじゃない?」
「体調管理はちゃんとしてる」
「だよねえ」

 佐久早くんは花火大会行ったのとか部活どうだったとか、家族で出掛けたりとかしたとか、聞こうと思えば聞けることはたくさんあるのに口にはしなかった。きっと佐久早くんは人混みの花火大会なんて行かないだろうし、部活もほぼ毎日行ってるだろうし、それにお盆に身内で集まったのは元也から聞いていたし。

「名字は」
「うん?」
「体調⋯⋯て言うか、怪我」
「怪我?」
「足首」
「足首⋯⋯ああ!」

 佐久早くんは気まずそうにそう訪ねる。所詮は捻挫だ。あんなのは夏休みに突入した頃にもうすっかり良くなっていた。それはきっと佐久早くんも分かっているはずなのに、まだあの日のことを気にしているのか申し訳なさそうな様子はあの日と変わらない。

「平気平気。足首360度回るくらい元気」
「いやそれはさすがに気持ち悪いだろ」

 そうか、それはさすがの佐久早くんでも気持ち悪いのかと私は笑う。言葉の割には嫌そうな顔をしていない佐久早くんはいつもの調子で言う。

「まあ、元気なら良いけど」

 例えば、人混みの花火大会でも行ってもいいと思う相手とか、部活の休みに会いたいと思う相手とか。そういう子が佐久早くんに出来たら私と佐久早くんの距離は変わってしまうんだろうか。その相手がガモちゃんだったら、私達は崩れた均衡を元に戻せなくなってしまうんだろうか。

「あー⋯⋯まあ、元也とは時々メールしてたから佐久早くん元気なのは知ってたんだけどさ」

 生まれた疑問を誤魔化すかのように言う。

「は?」
「いや、お盆に集まったんだって話くらいだけど。バレー部部活忙しかったの知ってるし、私も部活あって予定合わなかったし遊んだりはしなかったけど」
「ふーん」
「1回くらい皆で遊べたら良かったなあって思って」

 佐久早くんは途端に機嫌を損ねたような反応をした。
 時々、佐久早くんの地雷みたいなものが分からない時がある。私はまた余計な事を言ってしまったかと後悔を覚える。

「あ、いや、その、佐久早くん人混み嫌いなの知ってるから誘うときは人混みじゃない場所選ぶよ!」
「⋯⋯別に」

 眉間に皺が寄っている。むしろ佐久早くんらしいとさえ思う表情は、今となっては私の焦燥感を加速させる材料にしかならない。

「古森を経由しなくても直接俺に言えば良いだろ」
「そ、う?」
「何もなくてもいいし」
「え?」
「連絡。⋯⋯返事くらいする」

 浮わついていたのは私の心だったんだろうか。私と佐久早くんの距離感って、実際のところどんなものなんだろうか。私が思っているよりも佐久早くんは私の事を仲の良い友達と思ってくれているのだろうか。

「えっと、じゃあ、する」
「うん」
「⋯⋯学校は始まったけど」

 少し伸びた佐久早くんの髪の毛はウェーブが目にかかっている。覗く瞳と目が合って、私の心臓が強く脈打った。

(20.10.22)

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