11月下旬に控えている修学旅行。残り2ヶ月ともなれば生徒たちの間の話題はもっぱらそれになる。廊下や教室では服装をどうするとか、お小遣いをいくら持っていくとか、そんな会話を耳にしては私もどうしようかなんてことを考える。次の授業は修学旅行の計画をするためのグループワークだし相談してみるのも良いかもしれない。
教室のエアコンはまだ冷房をつけるくらい外は残暑が厳しいのに、あとたったの2ヶ月で暖房を入れたくなるくらい寒くなるなんて信じられないとさえ思う。あと2ヶ月。それは私にとってどれくらいの価値がある時間なんだろうか。
「11月下旬の沖縄って実際のところどうなんだろうな」
グループワークが始まって、早々に言ったのは元也だった。
ガモちゃんが家から持ってきてくれた2年前の沖縄のガイドブックに目を通しながら行きたい場所を考える。
「ちょうど良い気温なんじゃない? なんせ沖縄だし」
沖縄に決まったのは佐久早くんの意見が大きかった。
寒い時に寒い場所に行きたくない、海外は衛生面が気になるという佐久早くんの意見に、元也はもっと皆で話し合って決めたほうがいいんじゃないと言ってくれたけれど、元々私もガモちゃんもどこでも良いと思っていたから強い意思を持ってここが良いと言ってくれたのは非常に助かった。
結果、佐久早くんの鶴の一声で私達4人の目指すところは沖縄となったのだ。
「いやアバウトすぎない?」
ガモちゃん以外は初めての沖縄で、私は内心テンションが上がっていたけれど浮かれている事を悟られないように平然を装って話をしていた。
「国際通りで買い物したい!」
「首里城は全員で行くんだよね」
「そもそも自由時間少なすぎる⋯⋯」
「バス移動は全員でするし仕方ないよ。でもそのお陰で名護も行けるよ」
「美ら海水族館! 楽しみすぎる!」
それでも装いきれないテンションで話す私とガモちゃんと元也の会話を佐久早くんはただ黙って聞いているだけだ。
「元也の行きたい場所は?」
「俺はだいたい名前と同じ。沖縄の雰囲気感じられれば結構満足」
「佐久早くんは行きたいとこある?」
ガモちゃんが訪ねると佐久早くんは考えるための間を置いて、小さく呟いた。
「⋯⋯行きたい場所の希望はないけど、全員インフルエンザの予防接種は済ませててほしい」
予想斜め上の返答に私とガモちゃんは顔を見合わせた。そっち? と口にする前に元也が「悪い」と佐久早くんの代わりに謝る。
「ほら、11月の代表戦勝ったら一応春高だからさ。毎年その時期になったら予防接種したか確認してくんの」
「あ、うん。いいよ、全然するする。ね、名前ちゃん」
「うん。て言うかするつもりだったし、それは大丈夫」
「⋯⋯なら、どこでもいい。人混み以外なら」
沖縄っていう魅力的な観光地で人混みを避けるのはなかなか至難の技じゃないかなと思いつつも、佐久早くんにとっては大問題なんだろうと私は「わかった」と頷く。
そもそも佐久早くんは旅行は好きじゃないのかもしれない。バレー部は遠征もあって他の県に行くことも多いだろうし、移動慣れとかはしてそうだけどそれとは違うし。
「修学旅行だし少しは我慢しないとダメだろ」
「うるさい⋯⋯」
「合わせられるところは合わせるよ。旅行なんて好き嫌いあるし仕方ないよ」
ガモちゃんのフォローに佐久早くんはどこかホッとした様子を見せた。
私は修学旅行を楽しみにしてたけど、佐久早くんはやってきてほしくないイベントとして位置付けているんだろうか。
「佐久早は枕が変わったら寝られないから旅行嫌なんだよな?」
「違う。そんな子供みたいな理由で寝られないわけじゃない」
「でも合宿とか行ったらたまに寝不足になってたりするじゃん」
「それは周りのイビキがうるさいからだろ」
子供みたいなやりとりをする佐久早くんと元也を見つめる。ふいに目が合った佐久早くんがそのまま私を見つめながら「おい」と口にした。
「名字、今バカにしただろ」
「えっしてないよ! 2人とも可愛いことで言い合うなぁって思っただけで」
「それはバカにしてると変わらない」
「そうかな? 可愛いって誉め言葉だと思うけどなあ。ねえ、ガモちゃん」
「うーん。その場合に置いては一応誉め言葉かな?」
「良かったな、佐久早。女子に可愛いって言ってもらえて」
「⋯⋯もういい。疲れる」
「そう言いつつ佐久早は中途半端に出来ないからちゃんと計画は練るもんな」
修学旅行の計画は進まないまま、それでも私達は着実にその日に向かって日々を進めようとしていた。
残り2ヶ月。長いようで短いその日々の中、私達の関係は大きく変わっていこうとしているなんて私はまだ知るよしもない。
(20.10.22)