11月17日、予定通りにガモちゃんと墨田区総合体育館で行われる試合に足を運ぶと、想像していたよりも盛り上がる会場に私は少し緊張した。
入口のすぐ近くにある試合表を見れば準決勝の対戸美戦がちょうど終わったところで、係の人がトーナメント表に赤く色をつけていた。2対0で井闥山が勝利しその時点で春高に進出することが決定されたから、ある意味では安心して次の試合を観覧できるわけだ。
「春高に行けるのは確定みたいだね」
同じことを考えていたガモちゃんが言う。
「ね。まあうち強いみたいだし、佐久早くんも高校3大エースの1人らしいし、元也も高校ナンバーワンリベロらしいし」
「聞いてるだけで最強だ」
「教室にいるときは全然そんな感じしないのにね」
吹奏楽部とかチア部とか応援に来てたら友達もいるかもしれないなと思いながら、アリーナへの入口を探す。頭を左右に動かして一般の人達が進んでいく方向を推測していると、声をかけられる。
「お、名前。蒲生さんも!」
「あ、元也」
元也だった。黄色ベースに緑のグラデーションがかかる男子バレー部のユニフォームは忘れた頃に見るとピスタチオアイスを食べたくなるのが私の常だった。
「でた、ピスタチオ」
「それ言うの名前だけだから」
「もう絶対に帰りピスタチオアイス買って帰る決まった」
「おいおい、風邪引くなよ」
引かないよ。家でぬくぬくしながら食べるんだから。そう言うのも面倒で「大丈夫だよ」とだけ返すと、元也の後ろから佐久早くんが来るのがわかった。心なしかテンションが低そう。試合に勝って春高に出場することも決まったのに何でそんな表情なの? と首を傾げる私に元也が教えてくれる。
「人多いからテンション下がってんの。応援してテンション上げてあげて」
「佐久早くんが私たちの応援でテンションあがるとは思わないけど⋯⋯」
「いやー、わからんでしょ」
人という人を鬱陶しげに感じながらこちらに来る佐久早くんは、元也に隠れていた私とガモちゃんを見つけると「あ」と短くそれだけを言った。
「来てたんだ」
「ついさっき着いて。次の試合は見るよ! ね、ガモちゃん」
「うん。佐久早くんも古森くんも頑張って」
「だって、佐久早。頑張ろうな」
「言われなくてもやることやるだけだし」
「ごめんな、佐久早可愛くなくて」
「親戚のおじさんみたいなこと言うな」
「親戚は親戚だから」
こんな掛け合いをする2人が3大エース。そして高校ナンバーワンリベロ。にわかに信じがたいと思ってしまうけれど、ここまで登り詰めると言うことはそういうことでもあるんだろう。
「じゃあ行くわ」
「うん。頑張ってね」
「おー。サンキュ」
そう言って佐久早くんと元也はその場を離れて会場のほうへ向かって行った。
「わたしアリーナ行く前にお手洗い行ってくるね」
「うん。じゃあここで待ってる」
そう言ってガモちゃんも離れて行って、その場に私だけが残った。さすがにバレーの試合と言うだけあって、佐久早や元也みたいに高い身長の人がゴロゴロ目につく。でもやっぱりあの黄色は目立つよねと2人の後ろ姿を見つめると、佐久早くんがこちらを振り返った。
(あ⋯⋯)
目があう。ただそれだけ。でも確かに交わった視線。私は無意識に手を振る。佐久早くんは絶対に振り返してくれない。最初から、去年の冬からそうだった。これは自分の気持ちを誤魔化すためのもので、同じ仕草をしてほしいからではない。
なのに佐久早くんが小さく手を振り返してくれるから。私の心臓はいとも簡単に高鳴る。
「ごめん、お待たせ」
「あ、ううん」
「名前ちゃん? 何かあった?」
「な、何でもない」
少ししてから戻ってきたガモちゃんとアリーナへ向かう。いま私、佐久早くんと目が合ったとこを嬉しいと思った。どうして佐久早くんが振り向いたかなんて関係ない。こっちを振り向いてくれた、手を振ってくれた、ただそんな単純なことに喜びを感じた。
(わかってたけど。わかってたけどさ)
頭で分かってそうなるのと、心が勝手にそうなるのじゃ全然違う。知りたいとか興味があるとか、仲良くなりたいとか。そう言うのってどう操作しても勝手にたどり着いてしまう感情がある。
「あの、ガモちゃん」
「うん」
「私、前に佐久早くんのことちょっと興味あるだけって言ったけど、ごめん。多分、もう、ちょっと好き」
私の言葉にガモちゃんは1度驚いた顔を見せたけど、それからすぐに笑って「そしたらわたしたちライバルだね!」と言った。そっか。ライバルか。
「でも嬉しいかも」
「えっ⋯⋯逆じゃなくて?」
「うん。名前ちゃんで良かったなって」
「そう⋯⋯?」
「あ、ライバルだけど友達だから! 友達のほうが先! 友情の勝利!」
私の不安とは裏腹にガモちゃんは楽しそうだった。ちょっとホッとして私も頷く。もうすぐ試合が始まる。私とガモちゃんは2人並んでアリーナへ続く階段を昇っていった。
(20.11.01)