「あ! 私、佐久早くんに渡したいものあるんだった!」
思い出して私は手短にそう言う。
「渡したいもの?」
「ちょっと取ってくるから待っててね」
少し驚いたような顔を見せる佐久早くんをロビーに残し私は小走りで自分の部屋に戻った。ガモちゃんに今の状況を説明してから、再度ロビーへ行く。
「お待たせ! はい、これ」
「⋯⋯なにこれ」
「可愛くない?」
「可愛い⋯⋯か?」
「可愛いよ」
なんか似たようなやり取りを前にしたことがあるなと思いながら、佐久早くんに差し出したのは携帯用のアルコールジェルだ。表面に貼られたシールにはデフォルメされたジンメイザメが書いてあって、さらにそのジンベイザメは琉球衣装を着ている。
レジのところに置いてあったこれを見て、佐久早くんの渡さなくちゃ行けない気がすると衝動的に買ったものだった。本当はその隣にあったジンベイザメが小さく左下に刺繍されたマスクを買おうか迷ったけれど、絶対に受け取ってくれないと思ったので結果アルコールジェルになったのだ。
「まあ⋯⋯もらっとく」
「うん」
「俺は特にあげられるのないけど」
「何か欲しくて買ったわけじゃないから。佐久早くん美ら海でなにも買ってなかったし思い出、みたいな?」
それは一応鞄とかに取り付けられる構造にはなっているんだけど、佐久早くんのことだから取り付けられることはないだろう。
「チンアナゴのぬいぐるみ4人で持つよりはいい」
「そんなにダメ? チンアナゴのぬいぐるみ」
「俺と古森が持ってて家に置いてたらなんか気持ち悪いだろ」
「そうかな? 可愛⋯⋯いや、面白い?」
佐久早くんの部屋がどんなのかは知らないけれど、佐久早くんのことだから整理整頓してて無駄なものがなくて、そこにいるチンアナゴのぬいぐるみ。想像すればするほど無理矢理にでもお揃いにしてもらえば良かったかなと思えてくる。
「そんなに笑うことじゃないだろ」
「ごめん、なんか想像したらちょっと」
「⋯⋯まあ、良いけど。笑いたいだけ笑えば」
「えー、良いの?」
「名字、なんか少し様子変だろ」
「えっ」
「だから、普通に戻るんなら別にいい」
そう言い切る佐久早くん。真っ直ぐに私を見てくれる瞳。いつもの佐久早くん。これが私の知っている佐久早くん。私の、好きな人。
あ、そっか。
その視線を浴びて、そんな風に唐突に気が付いた。
私、嫉妬して自分の感情と上手く向き合えなくて、でもガモちゃんは上手に昇華して多分ちょっと焦っていた気がする。何にどう向き合えば良いかもわからないまま。
「⋯⋯もう、大丈夫」
でもガモちゃんはガモちゃんで、私は私だ。ガモちゃんがそうしたからと言って私もそうしなければならないわけではない。
「ありがと佐久早くん」
突然のお礼に佐久早くんは不思議そうに顔をしかめるだけだった。
3日目の夜が終わる。何を変えたのか、何が変わったのか私はまだ答えが出せないままだけど、それでも私は探している。佐久早くんじゃないと駄目な理由。
▽ ▲ △ ▼
「最終日かあ」
「なんかあっという間だったよね」
朝になって最終日を迎えれば、各々がフライト時間まで自由に行動することを許される。私たちは事前に予定していたように国際通りを歩いて、残りの時間を好きなように過ごしていた。
「結果的には沖縄で良かったよね」
「4人でお揃いのシーサーも買えたし?」
「そう! 佐久早くんを説得してくれてありがとう元也〜!」
駄目押しで沖縄に来る飛行機の中で読んだシーサーの由来や意味について元也と共に佐久早くんに力説すれば、さすがの佐久早くんも最後の最後に折れてくれて小さなシーサーを購入してくれた。
「佐久早はそれどこに置くの?」
元也が少し意地悪そうにけれどどこか楽しそうに尋ねる。
「⋯⋯部屋⋯⋯のどこか」
迷いに迷った表情で佐久早くんは言った。じゃあ私もジンベイザメの横にシーサーでも置こうかななんて思う。
「部屋でも魔除けになるかな?」
「なるんじゃん? 多分だけど」
「また元也は適当なことを」
「こういうのは気の持ちようだし!」
「そう⋯⋯?」
明日には忘れてしまうような会話を私たちは今日も繰り返す。
「でもほんと、楽しかった」
いつか、懐かしむ思い出。笑いあう思い出。今日の日を沖縄の風に乗せれば、私たちの明日がやってくる。そうして幕を閉じた修学旅行は、瞬きをするみたいに一瞬で。駆け抜けた3泊4日を私はきっといつまでも忘れないだろう。
(20.11.04)