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 修学旅行から戻ってきて、年の瀬を使えようとしている世間はもうクリスマス一色に染まっている。最寄りの駅もイルミネーションが点灯するようになって、サンタはいないと知っていてもなんとなくワクワクしてしまうのはもう仕方のないことだ。
 火曜日の朝、恒例のヨガ部に参加するため電車に乗れば佐久早くんと会った。このタイミングで会うのは久しぶりだと、私はいつものように佐久早くんの隣に腰をおろして沸き上がってくる感情に気が付く。

(あれ、なんか好きな人って考えると急に恥ずかしくなってきた⋯⋯)

 佐久早くんはすぐに私に気が付くと「おはよう」といつもの調子で声をかけてくれたけれど、緊張して私はいつもみたいに上手に佐久早くんを見られない。

「お、おはよ、佐久早くん」
「名字のそれ温かそうだな」
「あ、これ? でしょ。温かいよ」

 それ、と言いながら佐久早くんの視線はしっかり巻かれた首元のマフラーに移る。後ろで縛ったマフラーのフリンジが佐久早くんを攻撃してしまわないだろうかなんてことを考える私を、佐久早くんはじっと見る。
 
「えっと⋯⋯?」
「なに?」

 違う。何は私のほうだよ。なんでそんなに見てくるのって聞きたいんだよ。と言葉に出来なかった疑問を胸の内で思う。
 修学旅行から帰ってきて、時々、佐久早くんはやけに私のことを見るときがある。佐久早くん本人も隠そうとはしていないのか、それとも無意識なのかはわからないけど、この度にこうやって首を傾げても佐久早くんの視線が反らされることはなかった。
 観察されているような状態は心が落ち着かない。見られているとか、何を考えているのかとか、思考がグルグルと回る。

「最近、佐久早くんとよく目が合う気がする」
「気のせいだろ」
「そうかな」
「……そう言えば」
「うん」
「鷲のポーズは出来るようになったのかよ」

 電車内の暖房と外気温の差のせいで頬がじんじんするのを感じながら、佐久早くんがずいぶんと前にした話を覚えていてくれたことに私は嬉しくなった。「出来るようになったよ!」と抑えきれない喜びを口にし、目の前で実践を試みたけれど、コートを着ているせいでそれは不可能に終わった。

「こ、今度、コートを脱いだときになら」
「⋯⋯そう。うん、そっか」

 ただ、腕を出して手を交差している人になった私を見て佐久早くんは顔を反らした。笑いたいのにそれを堪えているのか、その声にはなんとも言えない揺らぎが見えた。

「⋯⋯あの、佐久早くん笑いたいなら笑っていいから。私もなんだこれって思ってるし」
「思ってんのかよ」
「滑稽だなって」

 佐久早くんと一緒にいると楽しい。でもちょっと自分を良く見せようとか思ったりもする。恋してるんだなあと思っても、こんなに近くにいても、これ以上の踏み込み方を私は見つけられない。

「もう少しでクリスマスだね」
「そう言えばそうだな」
「佐久早くん興味ないの?」
「特に」
「駅のイルミネーション綺麗なのに」
「電球が光ってるだけだろ」
「情緒が⋯⋯」
「名字は好きなの」
「なにが?」
「そういうの。クリスマスとか、イルミネーションとか」
「好きだよ。楽しいし。気分上がるし」
「ふうん」

 佐久早くんは変わらない調子で返答をした。
 駅に着いて立ち上がった佐久早くんは、まだ座ったままの私を見る。「行くぞ。立たないのかよ」そんな風に目で言われた気がして私は慌てて立ち上がり、佐久早くんの後を追って電車を降りた。
 ホームに吹き抜ける冷たい風を感じながら早く改札階へ行こうと、一段飛ばしで階段を上る佐久早くんに置いていかれないようにと私も駆け足で階段を上る。

「わっ」

 躓いたのは最後の1段だ。ちょっと足がぶつけて身体は前のめりになったけど、踏ん張れば大丈夫、転ばない。と足に力を入れるよりも前に私の身体は佐久早くんに抱き止められた。
 背中に回る腕。コートの繊維が頬をかすめる。しかもちょっと、いい匂いがした。

「おい、大丈夫か」

 頭上で佐久早くんの声がすると同時に起こったことを徐々に理解して、私はゆっくりと顔をあげる。あ、近い。顔が。佐久早くんのマスクが。

「だ、大丈夫」

 抱き締められてると言うのか、受け止められたと言うのか。なんにせよコート越しなのに佐久早くんと触れあっている場所が熱い。咄嗟のとことは言え佐久早くん、いつまでもしがみつかれたら絶対に嫌だよねと急いで冷静を取り戻して佐久早くんから距離を取ろうとする。
 けど、私の腕は佐久早くんに掴まれたままだった。

「佐久早くん?」
「え?」
「う、腕」
「ああ⋯⋯」

 そう言って自分が掴んでいる私の腕をじっと見る。離そうとしない佐久早くんに、どうしたのかな、とその顔を見つめると腕から視線を上げた佐久早くんと目が合う。ああ、ほらまた、近い。

「⋯⋯えっと」
「悪い⋯⋯」

 心が揺れる。瞳が。感覚が。ちょっと様子が変なのは佐久早くんのほうだと思う。
 佐久早くんはまた「行くぞ」という目で私を見た。翻弄されているのを理解しながら、私は佐久早くんの隣に並ぶのが精一杯だった。
 
(20.11.05)

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