存在は1年の時に知った。
古森と仲が良くて、たまに部活の終わりに会うと2人が親しげに話してるから。名前は知らないけど興味はないし。つまり俺にとって名字はそういう存在だった。
冬に遊びで告白されたとき、たまたまそれを目撃した名字は色々言っていたけれど俺からすると「関係ないだろ」って感じだった。印象は普通。いや少しめんどくさい奴。でも別に大抵の奴はこんなもんだ。
ただ、その数日後に名字の落とした定期を拾ったとき、ちゃんと除菌シートで汚れを拭いたりとか、教科書を届けに来る前に手を洗ったりとか、意外と清潔でまあ、俺は名字をちょっと見直した。めんどくさい奴から悪くない奴程度には。
だから2年で同じクラスになった時には名字は俺の中で「古森と仲が良い女子」から「古森と仲が良くて清潔な女子」くらいにはなっていたんだと思う。
そうでなくなったのは、いつからなのかわからない。明確なラベルは出せないけれど、少なくとも俺にとって名字は女子の中でも特別なのは間違いがなかった。「古森と、多分俺とも仲の良い清潔な女子」と言うには少し違うような気がするし、「俺の仲良い清潔な女子の友達」と言うにもまたどこか外れている気がした。だけどわざわざそんなものを見出だす必要はないと俺はただ重なっていく時間を受け入れていた。
「佐久早くんは名前ちゃんのこと好きなの?」
そう蒲生に聞かれたのは修学旅行2日目の夜だった。青天の霹靂とはこう言うことなんだなと蒲生の質問に俺は衝撃を受けた。同時に夏に古森から「聖臣は名前に興味ないの」と聞かれていたことを思い出して、どうしてこの人たちは俺と名字をそういう形で結ばせたがるのだろうかと疑問にも思った。
ただ俺は蒲生の質問には答えられなかった。答えを持ち合わせていなかった。名字のことをそんな風に考えたことがなかったから。考えてはいけないような気さえしていた。
だけど、と思う。
だけどそれを認めれば納得出来る感情はこれまでに多くあった、と。ナイトウォークで名字と話をした時。雨の日に会った時。名字に怪我をさせた時。火曜日に電車で会う時。名字がいる瞬間、俺は多分、楽しかった。表情豊かによく笑うところとか、背筋をまっすぐに伸ばすところとか、ちゃんと清潔を保って綺麗であるところとか。
ならやはり名字の事が好きなのかと問われれば、すぐに肯定は出来なかった。「俺は本当に名字の事が好きなのか」自分でもその答えを知りたくて、修学旅行から戻ってきてからは事あるごとに名字の事をじっと見つめていたと思う。授業中。休み時間。部活の帰りに会った時。
それに気が付いた古森は「見つめすぎてもはやストーカーになっちゃってるから」と笑いながら言っていたけれど、違う。断じて違う。これは、名字と俺の間には何があるかを知るためのものだ。
その答えを出せたのは、春高が終わってからだった。
(名字との出会いは幸運か。否か)
バレーボールをしていて名字のことを思い出す日が来るとは思っていなかった。試合に負けた後、飯綱さんが言った言葉を考えたときにたくさんあるビジョンの中に名字の楽しそうに笑う顔が浮かんだ。俺は"運良く"名字と出会えたんだろうか。出会えたことは俺にとっての幸運だったんだろうか。
それは多分、死ぬまでわからないだろうけれど「理想の最後」ってやつを考えたときに名字が居てくれればいいなと思った。それは間違いなかった。そう思ったときに俺は名字に対して全て最善を尽くしたのかと疑問を感じた。
(最善は、尽くしていない)
これからも名字と一緒にいるためには、どうすれば良いのか考える。理想の最後に名字に笑っていてもらうためには。いや、笑ってなくてもいい。笑っているのが1番だけど、泣いてても、怒ってても、寂しそうにしてても、良いんじゃないかと思う。泣いてるなら涙を拭えばいいだけだし、怒っていれば宥めればいいだけだし、寂しそうなら隣に居ればいいわけだし。じゃあ、どう手を尽くせば、俺は名字に対してそれが出来るんだうか。許されるんだろうか。
(ああ、そうか⋯⋯)
名字の側で積み上げてきた時間は自分自身で思っているよりも濃厚だったんだと思う。ゆっくりと、だけど確実に、俺は名字に惹かれていた。これが多分、人を好きになるという感覚なんだろう。想うことは難しい。時々、理屈も通じない。
それでもその言葉を目にして、名字を重ねるとひどく落ち着く。「俺の好きな人」それが今の俺の中にいる名字。
終わりはいつかくる。ただ、名字に限ってはそうならなければ良いと思った。それでも名字に対して後悔なんてものはしたくないからきちんと手を尽くしたい。
(20.11.05)