好き。そうか。好きなんだ。佐久早くんが? 私を? 本当に? 言葉を噛み砕けば噛み砕くほど思考は絡まる。違う、それよりも早く何か言わないと。焦れば焦る程言葉は出てこなくて、私はつい佐久早くんの瞳から目をそらした。
「佐久早、お待たせ。⋯⋯あ、そっか名前と話あるって言ってたっけ」
元也の登場は私のとっては救世主みたいなものだった。私と佐久早くんが対面しているのを見て、一瞬元也は「ゲッ」みたいな顔をしたけれど私は逆にホッとした。
「話はもう終わった」
「そうなの?」
「ああ」
佐久早くんはどう思ったのかわからないけれど、全然動揺なんてしていないようにも見えた。私はいまだに、握られた手のひらの感覚が忘れられないのに。じんじんする。それは寒さとは違うけれど尾を引くような刺激はとてもよく似ていると思った。
「じゃあ、帰る? 名前も」
「あー⋯⋯うん」
今になって心臓が早くなるのを感じながら、敢えて間に元也を挟むように歩いて私たちは駅に向かった。
あ、待てよ。このままだと途中から佐久早くんとふたりきりになってしまうんじゃないの、と気が付いた私はどうしようとまた焦りだしたけれど、佐久早くんは何かを感じとったのか駅まで着くと「古森とコンビニ寄ってから帰る」と私に言った。
多分、佐久早くんなりの気遣いだったんだと思う。
「え、コンビニ? 俺は別に⋯⋯」
「俺が寄りたいから寄る」
「え、ちょ、佐久早⋯⋯悪い、名前また明日な」
「うん。また明日」
元也を置いて先にコンビニに入った佐久早くんには届かない言葉だった。手を振ってくれる元也に振り返して、私は1人で改札をくぐった。
高校2年生、冬休みを終えたある夜のことだった。
▽ ▲ △ ▼
何度か、返事を試みはした。私だって佐久早くんを好きなんだから、好きって言えば良いだけの筈なのに私はなかなかそれが出来ないままだった。
「名前ちゃん、佐久早くんに告白されたんだって?」
そうガモちゃんに言われたのは佐久早くんが私に告白した2日後の事だ。
「えっなんで知ってるの?」
「佐久早くんが教えてくれた」
「ごめんね、すぐに相談しようと思ったんだけど1回自分だけで考えてみようと思って⋯⋯」
「あ、違う違う。なんで言ってくれなかったのとかじゃなくて」
ガモちゃんは教室を見渡して佐久早くんがいないかどうかを確認する。少し顔を寄せると声を潜ませて内緒話をするように言った。
「実はね昨日、佐久早くんから告白してくれてありがとうって言われた」
「えっ」
「ビックリだよね。去年も沖縄の時もピンときてなかったけど、わたしが勇気出して言ってくれたのわかったからって。少なくとも自分はそうだったからって。それで名前ちゃんのこと教えてもらって。最近変だよねって思ってたけど納得だよ」
ガモちゃんは少し笑いながら言う。
「沖縄の時に言えてスッキリしたと思ってたけど、佐久早くんに言われてなんかより一層? ストンと落ちたって言うか、完全にわたしの中でピリオドを打てたって言うか」
「うん」
「わたしが告白してくれなかったら気が付かないままだったことも多かっただろうからって言われて、そこでわたし佐久早くんを好きになれて良かったなって思えたんだよね。好きになったことも、フラれたことも、名前ちゃんと出会えたこともわたしにとっての幸運って感じ。だからもうこれ以上はないなあって。最高の形で私の恋は終われたんだなあって」
「最高の形⋯⋯」
「だから2人はむしろ早く結ばれろって感じだよ」
私はやっぱりガモちゃんは度胸があると思う。ていうか強い。感心するし羨ましい。憧れる。こう言うのを巡り合わせと言うのなら、私が佐久早くんを好きになったことも、佐久早くんが私を好きなってくれたこともまた然りなんだろうか。
「ガモちゃん」
私も同じように声を潜めて話す。
「ありがとう。私、ガモちゃんと友達で良かった」
ガモちゃんはいつものように優しい笑顔を見せてくれた。
▽ ▲ △ ▼
何度か深呼吸を繰り返した。佐久早くん。佐久早聖臣くん。その名前を何度も呼んできたはずなのに、今になってこんなにも緊張するなんて思いもしなかった。
「佐久早くん」
呼べば、佐久早くんは私を見る。
「⋯⋯なに」
「話があるから、時間作って」
その話の内容がどんなものかは口にしなくても通じる。佐久早くんはもしかしたら、気持ちを言葉にするだけで満足だったのかもしれない。私の返事なんて本当はいらないのかもしれない。
それでも、だったとしても、私だけ気持ちをひた隠しにするなんて狡いから。ちゃんとさらけ出す。決意はもう揺るがなかった。
(20.11.06)