告白の返事をする側ってこんなに緊張するものなんだっけ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようと試みたけれど、佐久早くんの顔を思い浮かべればそれは徒労に終わってしまう。
佐久早くんが私にそうしたように、私も佐久早くんに伝えたいことがあると2月に入ってすぐ部活終わりに佐久早くんと約束を取り付けた。夜の寒さはあの日と変わることなく、私は今日も佐久早くんを待ちながら部室棟の階段に座っている。足音がして誰かが近づいてくるのがわかった。
「名字」
佐久早くんの私を呼ぶ声は落ち着いていて、それに比例するように私の心拍数はどんどん上がっていくようだった。佐久早くんのコートもマフラーもマスクも何かが変わったわけじゃないのに、目の前にいる佐久早くんは全然違う佐久早くんのようにも思える。深呼吸をして冬の鋭い空気を肺に取り入れる。
「あの、ごめんね。部活終わりに」
「いいけど」
こんな風に意味ありげに呼び出したんだから多分佐久早くんは分かっているよね。これが告白の返事だってことに。そう理解しているのにいざ自分の口から「好き」という言葉が出てくるのだと思うと平常心ではいられなかった。
「この前の続きっていうか、私も私の気持ちをちゃんと伝えたくて」
「うん」
佐久早くんは真っ直ぐに私を見てくれていた。この1年、何度その瞳に私が映ったんだろう。何度名前を呼びあっただろう。重ねてきた時間はどれくらい私達を変えていったんだろう。
想像できなかった。私が佐久早くんを好きになること。好きになってもらえること。こうやって対峙して気持ちを吐き出すこと。これから先の未来を望むこと。いつの間にか積もっていった気持ちに理由なんてない。ただただ佐久早くんがいい。佐久早くんじゃないとこんな風に思えない。不純物のない「好き」が佐久早くんを見つめる理由。
「佐久早聖臣くん」
少しだけ見える佐久早くんの耳朶は赤く染まっている。多分私もそうで、お互い寒いはずなのにそんなの気にしている余裕はなかった。
丁寧に、慈しむようにその名前を呼ぶ。世界の中心はここだとすら思えて、それどころか切り取られたみたいに私と佐久早くんは世界から浮いているようにも思えた。
「私も好き。佐久早くんが、好きです」
私の言葉。私の気持ち。
佐久早くんは目を見開くように驚いて、何も言わずに視線を外した。
少し間があいて通り抜けた風に少しの不安が芽生えて、何か続く言葉を言わないとと言葉を探す。
「えっと、だから⋯⋯」
「待って」
「え」
「一旦待って」
私の言葉を遮るようにして深呼吸をした佐久早くんは、外した視線をまた私のほうに向けた。
「佐久早くん?」
「あー⋯⋯いや、ごめん。なんか」
「なんか?」
「なんか⋯⋯触れたくなるってこういう感じなんだなって」
流れ星を見つけた時のような。花火が打ち上がった時のような。静電気が走った時のような。キラキラして弾けるような衝撃が私の身体の中を巡る。好き。私、この人のことがすごく好き。
「え、あ」
佐久早くんの口からそんな言葉が聞けるなんて。今度は私のほうが待って、と言ってしまいそうになる。触れてよ。触れていいよ。触れあいたいよ。そう言ったら、佐久早くんはどれくらいの優しさで私に触れてくれるんだろうか。ああ。やっぱり知りたいって気持ちは尽きないんだな。
「⋯⋯ちょっと、触れてみてもいい?」
「も、もちろん! 煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!」
前はちょっと強引に手に触れたくせにと思いながら、窺うように尋ねる佐久早くんに私は勢い良く、大きく腕を広げた。
「いやだから、煮るなり焼くなりってなんだよ」
そう言って佐久早くんは笑うと控え目に、その身体からは想像できないくらいに弱々しく、だけど優しく私を包み込んだ。通り抜ける風がなくなって、佐久早くんとの距離が0になったことを実感する。
たどたどしい包容はお互いがお互いの存在を確かめているかのようで私はちょっと泣いてしまいそうにもなったけど、どこからともなく沸き上がる幸せの感情がそれを手前で止めてくれる。
それは片手で数えてしまえるくらいの短い時間で離れてしまったけれど、再び距離が生まれた後も佐久早くんは私を見つめてくれたままだった。
「名字」
そうしてまた、佐久早くんは私の名前を呼ぶ。夜に溶けるような落ち着いた声色。
「うん」
「⋯⋯ありがとう」
「え?」
それは、私の耳にだけ届くようなとても小さい声だった。
「俺のことを好きになってくれて」
慈しむような優しい瞳。あ、困った。また泣いてしまいそうになる。でも今泣いたら佐久早くんを困らせちゃうからと一生懸命に堪えて、私は包み隠さず自分の気持ちを伝えた。
「わ、私も! 私もありがとう。好きになってもらえたの、すっごくうれしい!」
ずっと積み上げてきたものがあったと思ったけれど、またここから積み上げるものがある。1つ1つを逃さないように、大切に。もう佐久早くんの名前を呼ぶことに理由を探さなくて良い。用事がなくたって会いに行っても良い。
きっとこれから何度も季節が巡る。すれ違いや、上手く行かないこともあるかもしれない。それでも私は佐久早くんが良い。悩むのも悲しくなるのも、嬉しいのも全部、佐久早くんとが良い。
「佐久早くん、これからもよろしくね」
元也がやって来るまであと少し。切り取られた世界はゆっくりと形を取り戻す。
(20.11.08)