学年末試験が終わると授業に身が入らなくなるのは多分私だけではないはずだ。試験が終わったという気の緩みに加えて、あと1ヶ月もしないうちに春休みになると思うと、急に先生の話が頭に入ってこなくなる。
授業開始のチャイムと同時に入ってきた先生が「すまん、今日自習なー」と教室に言葉を放てば、中ではちょっとした歓声がわく。自習用のプリントを配られると私はいそいそと取りかかった。こう言うのはさっさと終わらせるに限るとシャーペンを滑らせていると、前の席にいる元也が振り向いて話しかけた。
「そうなれば良いと思ってたけど実際そうなったら、まじでビビるな」
突然の事に最初は何を言っているのか分からなかったけれど、元也の視線の先には佐久早くんがいて、そういうことを言いたいのだと悟る。
自習のプリントが配られているとは言え、先生のいない教室は小声で会話が飛び交う事が多い。席も離れている佐久早くんは私たちがこんな会話をしているなんて気付くこともないだろうと思いながら、私は書く手を止めて返事をした。
「びっくりとかじゃなくてビビるんだ」
「佐久早が誰かと付き合うなんて想像できなかったし」
「元也でも?」
「俺でも」
元也の言わんとしていることは分からなくもない。連絡を取り合っても、バレンタインにチョコを受け取ってもらえても、たまに自分が佐久早くんと付き合っているという事実に驚く時がある。
「て言うか思ってたんだ。そうなればいいなって」
「まあ一応」
「一応かあ」
「名前なら佐久早のこと幸せに出来そうだし」
まだ解けていない問題に目を滑らせながら、佐久早くんの幸せってどんなのだろうなんて漠然としたことを考える。考えたことなかったけど、そんな風に言われると幸せが急にとんでもない代物に思えてきた。
「えー⋯⋯うーん⋯⋯どうだろ」
「佐久早も名前のこと大切にしてくれると思うし」
「今のところ連絡の頻度が増えたくらいしか変わったことってないんだけどね」
だって佐久早くんて声を大にして好きって言うタイプでもないし、人前でくっつくようなタイプでもないし。付き合ったは良いものの佐久早くんの大丈夫と大丈夫じゃないの線引きの場所が私にはまだわからない。だから私が佐久早くんにしてあげられること、自分でもちゃんと理解出来ていない。
「佐久早らしいじゃん」
「確かに急に佐久早くんの態度変わったらそれはそれで怖いけど⋯⋯」
むしろこうなる前の方が上手く距離を詰められていたんじゃないかなと思いながらそうこぼすと「まあ」と前置いて元也は言った。
それはとても優しく、慈しむような声色だった。
「まあでも、佐久早は多分名前が死ぬまでそばにいるつもりなんじゃないかな」
「えっ」
「そういう奴なんだよ。だから、すごく大切にしてくれると思う名前のこと。時々分かりにくいときもあるかもしれないけど、そういうのも含めて名前なら大丈夫なんじゃないかって思うし、今も多分佐久早なりに模索してるんじゃない。名前とどうやって付き合っていくか、とか」
「なんか⋯⋯さすが従兄弟って感じ」
とんでもない事を言われたのは分かっているのに、私が言葉にしたのはそれだった。
と同時に元也を羨ましく思った。ちゃんと佐久早くんのこと分かってあげられてていいな。凄いな。私もいつかはそんな風に佐久早くんのことを語れるんだろうか。それこそ元也の言うように死ぬ瞬間まで一緒にいれたのなら、私と佐久早くんくんの距離はどれだけ縮まることになってるんだろう。そんな未来、遠すぎて想像も出来ないなと思いながら佐久早くんの背中を見つめる。
「名前」
「うん?」
改まるように名前を呼ばれて元也を見た。ヒソヒソと所々で話し声が聞こえる教室。私たちもそのうちの1組だと言うのに、私は一瞬静寂に包まれたような気がした。
「よろしくな、聖臣のこと」
「⋯⋯うん」
期末試験が終わって気の緩みが生じてきたある日、私は元也の言葉で引き締まる感覚を覚えた。告白は、気持ちが通じ会うことは恋愛のゴールではない。むしろここからまた新しいスタートになる。
いつか、あの時はこうだったねなんて笑い合いながら昔のことを話せるといい。私と佐久早くんと、元也と、ガモちゃんと。それは多分たくさんある幸せの1つなんじゃないかなと私は少しだけ、ほんの少しだけ幸せがなんたるかを掴めそうだった。
(20.11.10)