「名前ちゃん。わたし今朝、サッカー部の人に告白された」
「え⋯⋯えっ!?」
3月上旬、ガモちゃんの口から知らされた事実に、私は飲んでいた紙パックのジュースを気管に詰まらせて盛大に咳き込んだ。鼻の奥がツーンと痛むのを感じながら、ガモちゃんの顔を見つめる。
「大丈夫? ごめんね、突然すぎたよね」
「だ、大丈夫⋯⋯つ、続けて?」
「あ、えっと返事はまだしてないんだけど」
「ど、どうするつもりなの?」
佐久早くんとのことはもちろんあの日の夜のうちにどうなったのかをガモちゃんに伝えた。電話越しにガモちゃんは本当に心の底から喜ぶように「おめでとう」と言ってくれたけど、個人的には複雑な思いを完全に拭えたわけではなかった。
ガモちゃんは本当に私と佐久早くんのことを応援してくれていて、多分ガモちゃん自身も佐久早くんのことは吹っ切れていて、複雑だと思うのは私自身の問題だということも私は理解していた。
「去年のナイトウォークの時に名前ちゃんとちょっと離れた時あったでしょ?」
「うん」
「あの時、友達も交えてちょっとだけ話したことがあって。でもそれきり特に何があったわけでもなかったから言われたのすごくびっくりしてるんだけど」
だからあれ以来ガモちゃんはこういう所謂「恋バナ」ってものをしてこなかったのは、私自身の気持ちの問題だ。佐久早くんのこと相談して良いのかとか、迷惑じゃないかなとかそんなことに頭を悩ませていた。ガモちゃんは気にしていないってわかっているのにも関わらず。
「だから、迷ってる」
「⋯⋯迷ってる」
「正直相手のことよくわからないし、まだ好きとかではないんだけど、でもって言うか、まあだからって言うのかな? 友達から知っていきたいなって」
ガモちゃんがそんな風に言うなんて珍しいと思いながら頷きを返す。緊張に似た何かを感じながら、私は固唾を呑むようにしてガモちゃんの言葉を聞いていた。
「別に今のままでも楽しいし、恋をしなくてもいいかなとも思うし、無理に好きになる必要もないとは思ってて」
「うん」
「でも、自分の世界を広げていくのってきっと自分のためになるなって。知らないからこそ知ってみるのもいいし、話したことがないから話してみるのもいいし、それこそ自分の知らないうちに恋するかもしれないし」
知らず知らずのうちに変化していくのはなにも自分だけではない。佐久早くんだって、元也だって、ガモちゃんだってそうだ。いつまでも同じ場所に立ち続けるわけではない。ゆっくりとゆっくりと、私たちは日々変化している。
「だから、連絡先交換してみたんだ」
ガモちゃんは笑顔だった。
まだ見ぬ未来を見据えて新しく踏み出そうとしているガモちゃんに、いつまでも過去を気にしているのは私だと気付かされる。
違った。間違っていた。複雑な思いを抱くこと自体、ガモちゃんに対して失礼だった。だってガモちゃんはこれまで何度も示してくれた。それを正しい形できちんと受け取れていなかったのは私だ。
「そっか⋯⋯うん、良いと思う。すごく」
気付いた瞬間、すっと肩の荷が降りたように気持ちが軽くなる。私たちは誰かを傷付けるために恋をしていたわけではなかった。偶然が重なってこういう結果になっただけでみんなただ純粋に、自分達なりの恋をしていた。罪悪感を感じなくちゃいけないような恋は誰1人していない。
「好きになるかもわからないし、もちろん付き合うなんて全然想像も出来ないくらいだけど、名前ちゃん。わたしね、恋をするならこの人じゃなきゃって」
「え?」
「この人じゃなきゃ嫌だって心からそう思う、そんな恋がいいな。それで何かあったら真っ先に名前ちゃんに言いたい」
「うん」
「だから名前ちゃんも遠慮しないでわたしに言ってね」
ガモちゃんが佐久早くんを好きにならなければ、私は佐久早くんの事を好きにならなかったかもしれない。佐久早くんも私の事を好きにならなかったのかもしれない。結果的にそうなったと言ってしまえばそれまでだけど、私はこれまでの全てがみんなにとって何かしらの意味を持つのだと思っていたい。
「言う。たくさん相談させて」
「もちろんだよ。友達だもんいくらでも相談してよ」
顔を見合わせて笑い合う。変わるものと変わらないものを交えてきっとこの友情もどこまでも続いていく。そういうものであれば良いと私は願う。
そして今日も季節は優しく移ろいゆく。
(20.11.11)