2月も中旬。まだ寒さは和らぐ様子もなく、部活終わりの着替えも快適とは言えない。身体が温まっているうちにとジャージから制服に着替えた私はスクールバッグの中から顔を覗かせるソレに、今日がなんという日であるかを思い出した。
「あ、チョコ渡すの忘れてた」
「え? 本命?」
「だったら良かったんだけどねぇ。これは義理です」
「誰に?」
「古森元也。わかる? バレー部の」
「わかんない。うちのクラスのバレー部、佐久早だけだし」
「あー、そう言えば佐久早くんと同じクラスか」
「知ってるの?」
「それこそ元也つながりで。帰りにバレー部の部室確認してみていたら渡そうかな。いなかったら私が食べる」
「じゃあ付き合うよ」
まだ手放せないマフラーを巻き付けて、先輩たちにお疲れさまを言う。付き合ってくれると言ってくれた友達と一緒にバレー部の部室のほうへ向かった。
「むしろ私が食べたくなってきたからもう帰ってたらいい気がしてきた」
「ひどい」
「考えてみたら絶対他の女の子からも貰ってるし、私のいらないなって」
「手作り?」
「まさか。手作りとか怠いし。既製品」
「古森くん? モテるの?」
「うーん、どうかな。モテるんじゃないかな。バレー巧いみたいだし」
「へぇ、顔みたいわ」
部活終わりの緩まった感情そのままに友達と話ながら歩くと、前方のちょうどバレー部の部室の扉の近くで1人の女の子が立っているのがわかった。薄明かりに浮かぶ様子に思わず驚くと、隣に立つ友達がその人に声をかけた。
「⋯⋯あれ? ガモちゃん?」
「ガモちゃん?」
「うちのクラスの子。あ、蒲生のガモちゃんね」
ふーん、とその子のことを見る。私たちに気付いたガモちゃんは驚いた様子を見せた後、少し困ったように笑った。彼女のスクールバッグにつけられたキーホルダーの鈴の音が鳴って、既視感を覚えた。あれその音、私どこかで。
「なにしてるの? こんなところで」
「えっとね、バレー部にちょっと用事があって」
「バレー部? あ、佐久早?」
「うん。ほら今日バレンタインでしょ?」
「あーそっか。ガモちゃん佐久早にチョコ渡すんだ」
「うん⋯⋯でも1回振られちゃってるんだよね」
2人の会話を耳にしながら既視感の正体を探る。えっと、あれは、確か。
「あ⋯⋯罰ゲームの」
「え?」
ポロリとこぼれた言葉に友達が返す。そうだ、あのときは暗くてその顔はよく見えなかったけれど、そのキーホルダーをつけていたのを覚えている。身長とか声の感じとか、うん。確かそう、この子。
「罰ゲームって?」
「な、なんでもない。ちょっと色々と思い出しただけ」
本人を前にやってしまったとガモちゃんを見るけれど、彼女自身はピンと来ていない様子だった。そもそもこの子、遊びで佐久早くんに告白したんじゃないの? それなのにチョコ?
私の疑問を解決するように、ガモちゃんは大事そうにチョコレートの入った紙袋を持ちながら話しはじめた。
「去年の暮れに好きですって言ったら無理ってバッサリ言われちゃって」
「佐久早許すまじ⋯⋯」
「友達に罰ゲームだと思って言えば言える、とか遊びだと思えばやれるとか言われて背中押されてついつい言ってみたけど、佐久早くん、ちょっと迷惑がってて。本当はチョコも迷惑かなって思ったけど、ほら次も同じクラスになれるかわからないし、せめて出来るだけのことはしようかなって。佐久早くん、手作りは苦手って言ってたからお店で美味しそうなの選んだんだけど受け取ってくれるかな⋯⋯」
はにかむ笑顔の裏に隠れるように存在する緊張感。そっか、真実はそう言うことだったんだ。でも佐久早くんは誤解したままだ。そしてガモちゃんは佐久早くんが誤解していることを知らない。
告白なんて誰からされてもウザいだけ、と言った佐久早くんの言葉を思い出す。その誤解を今、私が解いていいのかもわからないまま、私はただガモちゃんの言葉を聞くだけしか出来なかった。
腑に落ちない感情を抱えたままバレー部の部室のドアが開く。先輩らしい人たちが出てきて、最後のほうに出てきた元也と目があった。
「あれ、なにしてんの」
「あー元也にチョコレート渡すの忘れてたなって」
「えっくれるの?」
「うん、一応。でもここまで来る間に私が食べたくなったから他にもたくさんもらってたらいらないって言って」
「いやどんな渡し方だよ」
私と元也のやり取りの横でガモちゃんが佐久早くんにチョコレートを渡そうとしていた。こういうことに慣れているのか、他の部員の人たちは特に何かを言うわけでもなく先に行ってるわ、と私たちを取り残した。
気付かれないように佐久早くんを見る。マスク越しのその表情は今日もまた、いつもと同じだ。
「⋯⋯悪いけど、差し入れは受け取らない」
「佐久早!」
たしなめたのは元也だった。ガモちゃんは一瞬傷付いたような表情を見せて、そして笑顔をつくった。この子、度胸ある。私は思わず感心して、ただ静観した。
「そっか。わかった」
歩き出す佐久早くんに、元也が代わりに謝罪の言葉を口にする。佐久早くんは今、他人からの好意を迷惑だと思ったんだろうか。そう言えば私、今日は1度も佐久早くんと目が合わなかった。その瞳ずっと、ガモちゃんを見ていた気がする。
今日という日は、誰にとって優しい日だったんだろう。
(20.07.14)