「はい、お返し」
桜前線のニュースをちらほらと耳にするようになった3月、ホワイトデーを数日前にして元也は紙袋を私の目の前に掲げた。
「早くない?」
「今年のホワイトデー休みじゃん」
「あ、そっか。もしかして3倍返し?」
「男子高校生のお財布は寂しいの」
1週間前にあった学年末最後の席替えで私と元也の席が前後になってからは、普段以上にどうでも良いことを話すことが多くなった気がする。楽な距離感。楽な相手。愛だの恋だの存在しない空間は落ち着く。
「律儀だねぇ。他の女の子にもちゃんと返すの? てか今まで最高何個もらった? ちなみに私は中学の時12個なんだけど」
「そんな貰ってないって。そもそも知らない人から何か貰ったら佐久早すごい嫌な顔するの。だから基本は俺もあんまり受け取らないし、受け取っても知ってる人にしかお礼しないかな」
「へえ」
なんとなく元也も佐久早くんもそれなりに貰っているのかなって思ったけれど、確かに佐久早くんの性格を考えると貰っていないほうが納得だ。
「ばっさり断ってたもんね、佐久早くん」
「ああ、あの時? あれはまだ⋯⋯良い方?」
「良い方?」
「いらないって一言で一刀両断するとこっちが胆を冷やすっていうかさ、女の子泣いたらどうしようとか思うわけ」
「あー⋯⋯」
まあでも、期待させるよりは良い時だってあるかもしれないし。そう考えながらも私はあの時の佐久早くんとガモちゃんのことを思い出してた。
「ガモちゃんさ」
「ガモちゃん?」
「佐久早くんにチョコレートあげてた子」
「うん」
「前に佐久早くんに告白してたの偶然聞いちゃったんだよね」
元也からもらったお返しの袋を覗く。デパ地下でよく見る、誰もが知ってるブランドのお菓子に私は一瞬テンションが上がった。3倍とは言わずとも、それなりに考えたんだろうなというのが分かる。
「部活終わりに忘れ物取りに行ったら、たまたま」
元也は頷きながら私の話を聞いてくれている。
「その時もばっさりっていうか、それこそ私の胆冷えるわって感じの返事してて。佐久早くんとまともに話したのもその時でさ、私ちょっと小言っぽく言っちゃった」
「佐久早嫌な顔してなかった?」
「してたしてた。そりゃあさ、変に期待させるよりはいいのかなと思うけど。でも言い方ってあると思うし」
こだわりが強そうなだけで、悪い人じゃないってことはわかる。それになんだかんだ周りのことちゃんと見る人なんじゃないかな。そうじゃないといくら元也と仲が良いからって私の顔まで覚えてないだろうし。
「佐久早くんのこと全然知らないのに口うるさく言っちゃったなぁって。佐久早くん気にしてないといいけど」
「意外と繊細なところあるからなあ。まあでも大丈夫じゃん?」
気にしたところで私と佐久早くんの関係性がどうこうなるわけでもないことくらい分かっているけれど。それに元也が言うならそうなんだろう。
私の知っている佐久早くんはいつも不機嫌そうで他人を寄せ付けないところがあって、清潔なことに対しては積極性が垣間見られるけれど、それでも笑った顔は知らない。どんなことに喜んで、どんな風に笑って、どんな時に楽しいと思うんだろうか。そんなことが少しだけ気になる。
「あっ。でもその後知ったんだけど、佐久早くん誤解してるみたいなんだよね」
「誤解?」
「ガモちゃん、佐久早くんのこと本当に好きみたいなんだけど佐久早くんは遊びで告白してきたと思ってるっぽくて。まあ私には関係のない話なんだけどそんな誤解したまま、されたままってなんだかなあとは思うんだよね」
「名前は佐久早に本当のこと知ってほしいってこと?」
「うーん。わかんない。でもなんかこう、もっと世界よ優しくあれ! とは思うわけ」
「いや急に壮大すぎたわ」
元也がいつものように笑う。軽快な人懐っこい笑みだ。
予鈴が鳴ると元也は会話を切り上げ、前を向いて机のサイドにかけているスクールバッグから教科書を出し始めた。教室の外に出ていた生徒達がバタバタと中に戻ってくる。次の授業の先生は本鈴より早めに教室に来るからちょっと厄介なんだよね。
「⋯⋯ねー」
「ん?」
「これ、ありがとね」
「おう」
受け取ったお礼を掲げて、バッグにしまいこむ。
3月、学年末を目前にしたホワイトデーの少し手前の日。
楽しい1年だった。2年になっても一緒のクラスになれたら嬉しいけど、学年の人数を考えたら確率はそんな高くないし、それは多分奇跡に近いだろう。
それでも元也とはこれからも良い友達でいたいと思う。そう思える関係性を築けた1年だったと思う。
「おーい。皆座れぇ。ちょっと早いけど授業始めるぞー」
やってきた先生の言葉に小さなブーイングが飛ぶ。
2年生になった私の学生生活はどんなものになるんだろうか。
新しい予感を乗せて、ゆっくりとやってくる春はもう間近まで迫っていた。
(20.07.21)