繁忙期を終え、ようやく定時で帰ることが出来るようになった。
社会人1年目。思っていたよりも難しい大人のアレコレに、私はまだ上手いことついていけてない。新人さんは聞くのが仕事だからと、直属の上司は優しいけれど周りと比べて要領良くこなせない自分に時々へこんだりもする。
(あー⋯⋯忘れてたけど、明日私の誕生日だ)
部屋のドアの鍵を開けたところで、ふとその事実に気がついた。めでたく23歳を迎えて、急に何かが変わるわけでもないとわかっているけれど、1つ大人になれることを私はまだちょっと楽しんでいる。
(聖臣くんとは会えないけど)
聖臣くんがMSBYの本拠地、大阪に引っ越して私達は遠距離恋愛をすることになった。学生のときのように気楽に会えない距離。新幹線で約2時間30分。決して近いとは言えない距離を、でもアメリカとかにいるわけじゃないし、と気持ちをなだめて過ごす。
もう何度もお互いの誕生日は祝い合ってきたし、明日だって連絡はくれるはずだし。お互い社会人なんだからイベント時に会えないのは当たり前のこと。そう思えばひとりで過ごすことになる明日の誕生日を悲観することも無く、むしろもうそんな長いこと聖臣くんと付き合っているのかと何かが芽吹くような感覚さえ覚えた。
『今、いい?』
聖臣くんからの連絡に気がついたのはお風呂を出た後だった。
『いいよ』
『明日なんだけど、何してんの』
『仕事かな』
『終わったら』
『特にないよ』
『なら暇?』
『まあ、そういうことになるね』
『誕生日』
『うん、誕生日』
絵文字もなにもないやり取り。それでも向こう側で聖臣くんがどんな気持ちでいるかは想像出来るし、きっと私の気持ちも伝わっている。私達はそういう月日を誠実に重ねてきた。
『会いに行く』
「えっ」
『仕事終わったら、東京駅で待ってて』
いや、聖臣くん? そりゃあチケット買えば来れるけど、そんな近所のコンビニ行くくらいのテンションの距離じゃないよね? 聖臣くんも練習あるよね?
『じゃあ、また明日。おやすみ』
何から言葉にして良いのかわからないままの私に、聖臣くんはそう言ってやり取りを終わらせた。本当に来るの? 大阪から聖臣くんが? でも私は知っている。聖臣くんがこんな冗談を言う人ではないという事を。だから本当に来るのだ。聖臣くんは明日、東京に。私に会いに。
「⋯⋯化粧水パックしないと! あっ美顔器どこ!?」
かくして、私は意図せず騒がしい誕生日前夜を迎えることとなったのである。
▽ ▲ △ ▼
(いつぶりだっけ⋯⋯3ヶ月ぶりくらい?)
翌日の仕事終わり、東京駅に着いたという聖臣くんの連絡を見て、私は地下鉄から新幹線乗り場へ小走りで向かっていた。こんな日に限ってヒール高めのヒール履いてるのを一瞬後悔したけれど、こんな日だから履いたのだったと思い出す。
『丸の内口の駅前交番の出口のところ』
『わかった』
ここからそう遠くはない。聖臣くんが指定した場所に向かい、人でごった返す東京駅を見渡した。
「名前」
その声は、雑音が轟く大都会で、誰に邪魔されることもなく私の耳に届いた。理解すると同時に喜びが身体中を駆け巡る。振り向いて、視線の先にいる聖臣くんが私に向かって開口一番に言った。
「誕生日おめでと」
ああ、そうだ。そうだった。私、誕生日だった。と久しぶりに会えたことで忘れていた事実を思い出す。
「本当に、大阪から来たの?」
「他にどっから来るんだよ」
「だってやっぱりびっくりして」
「⋯⋯誕生日だし」
「誕生日とクリスマスとお正月がいっぺんにきたくらい嬉しい⋯⋯」
「大げさ」
だって、3ヶ月ぶりだよ。普段は平然と過ごしてても会えたらやっぱり嬉しいよ。勝手に気持ちが溢れちゃうよ。
聖臣くんとの身長差はこんな感じだったとか、なんかすごくかっこよくなったとか、その服新しいやつだとか、忙しなく感情は動く。
「毎年こういう事が出来るわけじゃねぇけど」
「うん」
「まあ、今年は会いに来られたら」
「うん」
「してほしいこと言ってくれたらやるようにする」
「充分すぎるくらいで何も浮かばない⋯⋯」
マスクの下で聖臣くんが笑ったような気がした。
「手は?」
「繋ぎたい!」
「ん」
差し出された手のひらを出来るだけ優しく握りしめた。どちらからともなく歩き出して、夜の街へ足を踏み出す。
「聖臣くん」
「なに」
「ありがとう。大好き」
ケーキもプレゼントもなくてもいい。でもきっと聖臣くんはそれらを私の為に用意してくれるんだろう。誕生日はあと数時間で終わるけれど、こんなにも満たされた気持ちでいられるのは聖臣くんだから。聖臣くんが、惜しむことなく私を好きでいてくれるから。
「本当は少し迷った。会いに行く事」
「うん」
「でも、来て良かった」
繋がれた手に少しだけ力がこもった気がした。
「俺も今幸せだから、ありがとう」
(21.01.18 / 60万打企画リクエスト)