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 桜前線は今日も滞りなく北上している。
 進級して1週間。ようやくクラスメイトの名前と顔が一致するようになってきた。ほとんど知らない人ばかりの教室で、初めこそどうしたものかと頭を抱えていたけれど、絶対に離れるだろうなと思っていた元也とまた同じクラスになれたことは大きかった。
 それだけではなく佐久早くんとガモちゃんまでも同じクラスになったのだから、その巡り合わせに私は毎朝教室に入ると不思議な気持ちになる。
 元也と佐久早くんが前後に座って話しているところとか、その隣に自分の席があることとか、私の前にガモちゃんが座っていることとか。

「おはよ」
「おはよー。あれ、今日は佐久早くんいないんだ?」
「佐久早はトイレ」
「そっか」 
「それより名前、昨日の課題終わった?」

 とは言え私はまだ元也と話すことのほうが多い。隣の席の佐久早くんとは雑談するくらい仲が良いわけではないし、ガモちゃんとも最近はよく話すようになってきて他の女の子の友達も出来てきたけれど、元也と話しているときが一番気楽なのだ。
 いつものように笑顔で朝の挨拶をしてくれた元也は私の方に体を向かせて、朝練後とは思えないくらい爽やかな様子で言う。

「終わってなくて今から一生懸命やる」
「珍しくない?」
「昨日気付いたら寝落ちてて」
「貸そうか? 俺終わってるけど」
「えっいいの? あ、いや、でも今日出席番号的に私にあたりそうだから予習兼ねてちゃんと自分で解く⋯⋯」
「名前って変なとこで真面目だよね。まあ、良い事とは思うけど」

 2年生になれば、何かが変わるんじゃないかと思う瞬間がある。だけど私の毎日は特別に変わることもなく、今日も私は変わらない日々を過ごしている。好きな教科も嫌いな教科も変わらないし、時々忘れ物をする。授業中は眠たくなるし、お弁当の卵焼きは今日も甘いままだ。購買のメニューだって一新されることもない。

「あ。そう言えば元也はどうするの、選択科目」

 まあ。でも。クリーニングから返ってきたばかりの制服を着るのは背筋が伸びるようで気分が良かったし、1階上になった教室の窓から見える景色はこれまでより違って見えるのは悪くないと思う。

「美術か音楽か家庭科だっけ」
「そうそう」
「その中なら多分音楽かな」
「えっ意外。元也って音楽関係の習い事してたっけ?」
「いや佐久早が多分音楽にするだろうから。美術は汚れやすいし、家庭科は手料理無理ってなったら音楽しか残らないじゃん?」
「あー⋯⋯なるほど納得」
「名前は?」
「ガモちゃんに家庭科一緒に選ばないって誘われたから家庭科にしようかなって」

 それでも時々思う。
 人生を変えてしまうような素敵な何かが起こればいいのにと。

「古森」

 クラスの騒音に書き消されてしまいそうな声が頭上から聞こえた。振り向いて見上げる先にいたのは佐久早くんだ。

「おかえり。ちょうど今話してたんだけど、佐久早は選択科目音楽だよな?」
「は? なにいきなり。そうだけど」
「はい当たり」
「だから何なんだよ」
「選択科目どうするか相談してて、そしたら元也は佐久早くんは音楽じゃないかって」

 椅子を引いて腰を下ろす仕草は、大きな体つきからは想像出来ないほど柔らかいと言うか、丁寧だ。
 ふとガモちゃんが佐久早くんに告白をした時のことを思い出した。誰かを好きになって告白するって凄いことだと思う。ガモちゃんが佐久早くんのどこを好きになったのかなんて話はしたことはないけれど、関係性を変えるために想いを口に出来るほどなのだからきっと、凄く好きなのだろう。
 好きになれば、誰かと付き合えば、代わり映えしない私の高校生活は何か大きく変わったりするんだろうか。

「その中なら音楽が一番マシ」

 楽器を弾いたり、歌を歌ったりする佐久早くんも想像出来ないけど。
 相手が元也だったらそんなことをからかうように言って笑いあったりするんだけど、佐久早くんが相手だとどうしても気を使ってしまう。
 だって私は佐久早くんがなにに傷付くかを知らない。
 会話をしながらも解いていた課題ももう最後の問題だ。ホームルームまで残り10分。これなら間に合う。

「名字は何で朝から課題やってんの」
「昨日寝落ちしちゃってて気が付いたら朝だった」
「ふうん」

 佐久早くんが私には興味ないようで、私に対する質問はそれっきりだった。
 それからすぐにガモちゃんが登校してきて、私の課題も無事に終わった。予想通り授業中に指名を受けた私は板書することになったし、自力で課題を解いたお陰で難なく解答できた私に元也はサムズアップをしてくれた。
 代わり映えしない毎日は嫌いじゃない。変化を恐れないのとは違う、当たり前の日常は時々どうしようもなく心地が良い。これから巡り行く季節は、それでも何かを変えようとするのだろうか。私はまだそれを知らない。

(20.09.01)

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