いつかの日と同じように、いつもより早い時間の同じ道を歩く。
4月も半ばの今はもうあの時みたいに寒くはない。眠気だけが足を引っ張ったけれど、時間もかからずにベッドを出られた。朝ごはんもちゃんと食べた。だけど、早くもお弁当袋の中には保冷剤が入れられるようになった事はお母さんの心配ぶりに笑ってしまいそうになった。冬みたいに寒くはないけど、まだまだ暖かいわけでもないんだよと。
桜が散る並木道を通る。今年の開花は例年よりも少しだけ早かったらしく、道はピンクの斑になっていた。毎年この時期になると、桜の花弁が地面に落ちる前に掴むと幸せになるとかなんとかと言うジンクスを思い出す。小学生くらいの時に友達が言ってたそれは、3枚が良いとか左手でとるのが良いとかバリエーションがありすぎて、今でも私は幸せの形がわからないままだ。
駅まで着くと予想していた通りこの時間はやはり人がまばらで、やってきた電車もまた、いつかの日と同じように空席が目立っていた。そう言えばあの日は佐久早くんと同じ車両になったんだった。そう思って乗り込んだ後中を見渡す。
(まあさすがに居ないよね)
もしかしたらなんて思いを抱いて見渡した車内にその姿はない。両サイドが空いている場所に腰を下ろして、過ぎ去っていく景色を見つめた。通勤ラッシュに巻き込まれない20分はいつもと全然違う。
▽ ▲ △ ▼
電車を降りて、少しだけぼんやりとしながら慣れた場所でいつものように改札に向かう。その途中の階段で気が付いた。目の前にいる人が佐久早くんだということに。
その後ろ姿を見ると、眠りから覚めるように私の意識が輪郭を取り戻した。
「佐久早くん」
「え? あ。ああ、名字」
「おはよ」
声をかけるかどうかを迷うよりも前にその名前を呼んでしまった。
やっぱり佐久早くんはこの時間帯の電車なんだなとか、どの車両に乗ってたのかなとか、相変わらずバレー部の練習量って凄いなとか、思うことはたくさんあったけれど、朝から質問攻めにするわけにもいかないと結局挨拶をするだけしか出来なかった。
「⋯⋯おはよ」
「電車乗ったときもしかしたら佐久早くん居るかなって思って見渡したんだけど、違う車両に乗ってたんだね」
冬の時は私が定期入れを落として佐久早くんに拾ってもらったけれど、今日は何も落とし物はしていない。でももうクラスメイトだし、まだ1ヶ月も経っていないとは言え隣の席で前よりは話すようにもなったし。
会話を続ける理由や言い訳みたいなものを自分の中で勝手に探す。
「なにそれ」
「あっ⋯⋯今のストーカーっぽいよね。や、セクハラか? なんかごめん」
「いや別に良いけど。そもそもそこまで思ってないし」
なんとなく隣に並んで、なんとなく合い始めた歩調。佐久早くんは私を置いていく様子はなかった。私が振る話題を気にする事もなく、普通に返事をしてくれる。
それは改札を通った後もそうで、180センチを越える佐久早くんの隣を歩く日が来るなんて想像もしていなかった私は途端に今日という日の朝が何か意味のあるものなのではないかと思えてきた。
「佐久早くんはいつもこの時間?」
「そうだけど」
「そっか。私は今週から火曜日の朝だけはこの時間の電車に乗るから時々会うかもしれないね」
「火曜日だけ? なんで?」
言いたかった言葉をようやく1つ言葉に出来た。
私に問いかけをしてくれる事がなんとなく嬉しくて私はつい嬉々として返事をしてしまう。
「友達が新しい部活立ち上げたんだ。それで部活動承認の為の人員確保として入部することになって。ひとまずは火曜日の朝だけの活動らしいから」
「へえ。っていうか火曜日の朝だけしかしない部活って何」
「ヨガ部! 珍しいよね。その友達のお母さんがヨガのインストラクターでね、だからってことらしくて」
通学路には同じ制服を着た生徒の姿がちらほらと見えるようになる。相変わらず佐久早くんは抜きん出て身長が高いな、なんて事を考えているとまたしても前方に見知った後ろ姿を見つけた。
「あれ元也じゃない?」
「だな」
「元也!」
元也に届くくらいの声量でいつものように名前を呼ぶ。
声に振り返った元也はこちらに気が付くと驚いた顔で、私たちの顔を交互に見つめた。
「えっ。佐久早に名前? なんで2人で一緒に登校してんの?」
「私、今日から新しい部活! 佐久早くんとは電車のタイミング合って駅のとこから一緒に歩いてきたんだ」
「お、噂のヨガ部な!」
「そうそう」
「てっきり知らない間にめっちゃ仲良くなったかと思った」
からかうでもなく、朗らかな笑みで言った元也はそれ以上私たちの事を聞くことはなかった。
「おい。頭、ついてる」
「え?」
「あ、桜の花弁が名前の頭に乗っかってる」
2人に指摘されて指で髪の毛を鋤くと、手の中に花弁が1枚おさまった。ああ、そっか私、掴めてはいないけど自分でも気が付かない間に幸せをもらっていたんだな。気が付いた私の顔を2人が不思議そうにみる。
「どうかした?」
「ううん。今日は多分良い日だろうなって思って」
(20.09.05)