アルゼンチーナの殆どはイタリアからの移民の子孫であるため、イタリア料理をベースにした食べ物も多い。
目の前に置かれたミラネッサは薄い牛肉を揚げた料理で、見た目がミラノ風カツレツに似ている。食べてみるとなかなかボリューミーでエンパナーダやアサードが並ぶのを見つめながら、果たして本当に全部食べ切れるのだろうかと少し心配になった。
「確かトスターダとプチェロも頼んだよね? 日本と同じくらいの量イメージしていろいろ頼んじゃったけど食べ切れるかな……」
徹がおすすめと言うお店だけあって味はもちろん美味しい。
美味しいけれど1人前が日本の約1.5倍の量で出てくる料理。それを前にして、全て綺麗に食べるきるビジョンはさすがに思い描けなかった。所変われば品変わると言うように自分の培ってきた当たり前の感覚を当たり前だと思うことはやめようと思わされる。
「俺も食べるし平気じゃない? 食べきれなかったら持ち帰りように包んでもらお」
慣れているのか徹はけろりとした声色でそう言った。徹が言うならそうなんだろう。確かに最終的にはお持ち帰りすれば良いわけだし。
トスターダとプチェロが運ばれて、テーブルの上が豪華になるのを見つめながら、残さず食べなくちゃいけないというプレッシャーから解放された私は空腹に従って料理を口に運んだ。
一瞬体重の心配も頭を過ぎったけれど、旅先で体重を心配していてはもったいないからまあいいかと、それだけは杞憂に終わった。
「⋯⋯うま!」
「でしょ」
「久しぶりに美味しいご飯食べた気がする! 機内食も嫌いじゃないけど続くと飽きちゃうしこういうのが食べたかった!」
「て思うじゃん? 俺の経験則から言うとあと5日後くらいには日本食食べたいって思うようになるよ、きっと」
笑いながら得意げに徹は言う。来たばかりの頃を指しているのだろうか、私を見つめるその瞳はどこか柔らかかった。徹にとって4年目のアルゼンチンはどんな景色が広がっているんだろうか。
「⋯⋯平気だよ。味噌も醤油も持ってきたし」
「えっ、本当に持ってきたの?」
「うん。他にも色々お土産代わりに持ってきたから最終的は徹に渡すね。あと煎餅もあるからそれも後で渡す」
私の気持ちが空回りしていないか一瞬心配になったけれど、徹は何を言うわけでもなくただ「ありがとう」と口にしただけだった。
「徹はもう全然日本食食べたいなってならないの?」
「普通になるよ。蕎麦とかたこ焼きとか寿司とか」
「こっちはお肉料理がメインだもんね」
「これはこれで美味いんだけどさ」
「いつか帰国したら今度はこっちの料理が恋しくなるかもよ?」
「んー⋯⋯まあ、確かにそうかもね」
手を止めた徹が私の顔を見ながら少し寂しそうに言う。いや、寂しさとは少し違うかもしれない。だけど私はその表情を知っている。感情の出処を知らなくてもどんな時にする表情なのかは知っている。
言えないのか言わないのか、そこまでは判断がつかなかったけれど隠した気持ちを私には言わないと判断したのだから私はそれ以上徹に深く追及することはなかった。
その微々たる変化ははじめか私ぐらいしか気が付かないだろうと自負出来るからこそ聞けないのだ。
「で、今日はどこに連れて行ってくれるの?」
努めて明るく振る舞った。
「迷ってる」
「迷ってるの? てっきり徹にはプランがあるかと思った。高校の時だってデートの前いろいろ調べてたし、こういうのしっかりリサーチするタイプじゃん。まあこれはデートじゃないけど」
「いやだって本当にここ何もないんだよ。名前、空港降り立った時に思わなかった?」
「⋯⋯広い大地だなとは思った」
「でしょ!」
だってあの地球の歩み方にすら載ってなかったくらいだもん。一応本を買いはしたけど、サンフアンの情報はネットを駆使して得たものしかない。
「あ、でも」
「どっか良いところ思いついた?」
「広い大地だからこそ日本じゃ見られない景色が国立公園で見られるよ。あとは博物館とか美術館とか。ワイナリーもあるらしいけどだいたい車必須なんだよな⋯⋯うわ、全然格好つかないじゃん俺」
「私相手にかっこつけなくても」
ぼやく徹にそう言うと瞬きを繰り返した後「確かにそれもそうかもしんない」と微苦笑を見せた。それを幼馴染の特権とするかどうか、正直判断はしかねるけれど嫌ではない。多分、それが特別になれない私の唯一の特別なのだ。
(21.03.23)
※エンパナーダ⋯卵入り揚げ餃子。
※アサード⋯肉を焼く料理の総称。
※トスターダ⋯トーストしたトルティーヤをベースにしたホットサンド
※プチェロ⋯肉や野菜を使ったシチューのような煮込み料理。