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「大人になったなって感じのチョイスですね、徹くん」
「俺もこういうところ一回は来てみたかったんだよね」

 サンフアンの中心部を囲むように舗装されているシルクンバラシオン通りの外側、市内でもっとも有名な大型スーパーの近くにあるワイナリーは予約を持たずに行ったのにも関わらず遠方から訪れた私達を快く受け入れてくれた。

「試飲どうぞだって」
「ありがとうはえっと⋯⋯グラシアス!」
「De nada(どういたしまして)」

 偶然1つ前のガイドツアーにキャンセルが出たとのことで私達さえ良ければ中を案内するとの厚意に甘えさせてもらいワイナリーの見学が始まった。冬場だからブドウ畑の見学は出来ないけれど、ワイナリーの中は季節を問わず見学ができるらしい。
 スペイン語と時々混ざる英語。そのほとんどは徹の通訳がなければわからない内容だったけれど丁寧な接客やプロの知識、この地で作られた伝統的なワインの歴史をきちんと伝えようとしくれる姿勢は普段ワインを飲まない私でもワインへの興味が湧くものだ。

「De dónde eres?」
「どこから来たのだって」
「From Japan. But he lives this city. So I here to see my friends」

 少しなら英語わかるよと言ってくれたガイドさんに旅の目的を告げる。徹がここに暮らしている事に驚いた様子を見せた彼は、バレーボールの選手だと徹自身が告げると大きく頷き「maravilloso!」と言った。
 私のわからない言語でやりとりするのをぼんやりを聞きながら試飲のワインを飲む。試飲とはいえコップ一杯分のワインは気分をほんのりと上げてくれるには十分な量だった。

「ワインの販売はしてないけど市内のスーパーには卸してるから良かったらお土産検討してみてって」
「え? あ、うん。そうだよね、お土産もいろいろ買わないといけないよね」
「まさか酔ってないよね?」
「まさか!」
「昼間から酔っぱらいの相手はさすがに勘弁だから」
「これくらいなら大丈夫だよ。徹は?」
「俺も平気」

 思い返せば徹と一緒にお酒を飲むのは初めてかもしれない。試飲だけど。お互いどれくらいの量で酔うのかはわからないし、酔っ払ったらどうなるのかもわからない。小さい頃の徹の事はたくさん知っているんだけどな。私の知らない徹はこれからもどんどん増えていく。
 ガイドさんにお礼を言ってワイナリーを後にして中心部へ向かう道を歩く。快晴の空。少し乾燥したような温い風が頬を撫でる。

「自転車借りるかタクシー乗る? ここからならちょっと歩くし」
「徹が大丈夫ならちょっと歩きたい。街見るの面白い」
「じゃあ疲れたら言って」
「はーい」

 日本と比べたら建物も綺麗とは言えない。それでも市内の中心にある広場はちゃんと舗装されているし想像していたよりは全然綺麗だ。南米アルゼンチン。それだけ聞けば暮らすのは大変そうだけど、住めば都と言うように案外徹は楽しく暮らしているんだろう。高層ビルがなくても、地下鉄がなくても、日本食を食べる機会がなくても。

「まだ2日目だけどさ」
「うん」
「結構良い街だね、サンフアン。徹は俺イタリアとかにいそうじゃんって言うけど私は案外この街、徹にあってるんじゃないかなって思った」
「そっか」
「まあまだ2日目だから最終日には意見変わるかもしれないけどね」
「確かに俺はイタリアが似合う男だとは思うけど、名前が言うようにこの街好きだからさ、名前にわかってもらえんのは結構嬉しい」

 徹が笑ってそう言うから私の胸に淡い感情が宿る。徹は私が幼馴染だからそんな風に言ってくれるのに私はそれをひとりの女の子として喜んでしまう。
 アルゼンチンの空の下で捨てるはずの恋心かふとした拍子で顔を出してくるんだから本当に困ったものだ。あの空に雲がかかれば私の気持ちも隠れていくのだろうか。そんな馬鹿げたことを考えるくらい私は拗らせている。長い長いこの恋を。

「だからさ」

 徹が言う。

「だから最後、名前が日本に帰るとき、サンフアンに来て良かったって思ってもらえたらもっと嬉しいかな。そんで俺のかっこよさに磨きがかかってた! って青城の皆に伝えてよ」

 徹を好きでいて良かったと思うと同時に、徹を好きになったとこで頑張れる自分になれて良かったと思った。この場所に想いを置いても、きっと私はこれからも頑張れる。

「⋯⋯仕方ないなあ。身体大きくなってたって伝えておくよ」
「なんでそれ! もっと他にあるでしょ!?」

 そして徹が好きだと思うこの街を、きっと私も好きだと思うようになるのだろう。

(21.03.23)


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