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 大きな恐竜の骨を見て思い出したのは、小さい頃に3人で行った恐竜展だった。

「小さい頃にさ、俺と岩ちゃんと一緒に仙台であった恐竜展行ったの覚えてる?」
「覚えてるよ。むしろ徹が覚えてたことにびっくりだね」
「いやあの時の名前のつまんなそうな顔は忘れられないでしょ」

 徹も同じ事を思い出していたのか内緒話をするみたいに小声で言われ、より鮮明にあの時を思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せる。
 あの頃、私はそんなにもつまらない顔をしていたんだろうか。むしろ私には徹とはじめが楽しそうに展示物を見ていた記憶しかない。
 転んで怪我して泣いちゃうようなあの頃を思い出して懐かしさについ口元が緩む。あの時は多分、ふたりがあまりにも楽しそうだったから私は自分だけ楽しめなくて不貞腐れてたんじゃないかな。

「でも今なら結構楽しいって思えるよ」

 ワイナリーから歩いて5月25日広場を目指そうとしたけれど、途中で見つけた自然科学博物館に入ったのは数十分前のことだ。山が多いサンフアン州では恐竜の化石が発掘されることが多いらしく館内には多数の恐竜の展示物が並んでいる。
 
「俺あのとき買った恐竜のフィギュアまだ実家にある」
「確かはじめも棚の上に置いてなかったっけ?」
「えっと⋯⋯岩ちゃんがティラノサウルスで俺がプテラノドンかな。あの時は自分の貯めたお小遣いで買ったから、すっげぇ特別な感じしたんだよね」
「今はあっさり買えちゃうけど小学生のお小遣いだったら高額な買い物だよね」

 私達はあの頃買えなかったものを気軽に買えて、行けなかった場所に行くことが出来る。あの頃は徹がアルゼンチンに行くことになるなんて夢にも思わなかったけれど、遊びに行けばいつも棚の上にある恐竜のフィギュアはふたりが実家を出るまで飾られていて、それを今も思い出すことが出来る。

「俺が買ってあげようか?」
「え?」
「名前も欲しくなったんじゃない? 恐竜のフィギュア」

 見つめる。もう何度も見つめ合ったその瞳を私は今日も綺麗だと思う。
 昔と比べたら楽しいけど、でも特別に恐竜が好きってわけじゃないし。徹が私に対して何かをしてあげようと思ってくれてるならそれだけで十分だし。

「いいよ、別に⋯⋯置き場所もないし」
「まあ一人暮らしの女の子の部屋に恐竜のフィギュアなんて恐竜好きな人じゃない限り置かないか」

 私が断っても徹は嫌な顔をひとつもしなかった。それに、もし私が恐竜好きだったとしても形に残る思い出を増やしてしまったらきっと他のものを持てなくなる。私が抱きしめられる感情はそう多くはないから、ちゃんと向き合える感情だけ選ばないと辛くなるのは私自身だ。

「でも気持ちは嬉しい。ありがとね」
「⋯⋯名前はさ、俺に身体おっきくなったねとか言ったけど」
「うん」
「名前はなんか、素直になったよね」

 私が本当に素直だったらとっくの昔に好きだと告げている。何度もその言葉を飲み込んで生きてきたのだから、素直なんて私から遠い場所にある言葉だと思っていた。

「素直⋯⋯」
「素直って言うか⋯⋯大人になった?」
「なにそれ。そりゃあなるよ私達もう22歳なんだし」
「そうじゃなくて精神的に?」
「ちょっと徹の記憶にある私は精神的に子供だってってわけ?」
「良い意味でだから! 褒めてるから!」

 怒った雰囲気を出して言ってみれば徹が慌てるからその様子に私はこらえきれず笑ってしまう。出来るだけ声を押し殺して肩を震わせると、私が1ミリも怒ってなんかいなかったことに気が付いたのか、徹は「紛らわしい」と拗ねるように言う。

「だって急にしんみりした雰囲気出してくるんだもん」
「アルゼンチン渡ってからは名前と2人きりでゆっくり話す時間もなかったし、やっぱり俺の中の名前は高校生の時で止まってんのかも」
「じゃあ今回の旅行で22歳の名前までアップデートしてよ」
「してるしてる」
「した結果がさっきの? 甘いなあ。私はまだまだ成長してるよ」
「自分で言っちゃう?」
「自分で言っちゃう」

 いや、きっと少しは素直になったんだろう。そうでなければ私は今頃この地に立っていない。素直になる事と大人になる事を決意したから飛行機に乗った。

「⋯⋯なっちゃうんだよねえ。否が応でも。大人にさ」
「子供のままでいたかった?」
「どうかな。大人になったから今こうしてられるし。大人になってよかった! って子供の頃の自分に言える自分になりたいな」
「言えるよ」
「え?」
「名前は頑張ってんじゃん、ちゃんと」
「⋯⋯そう?」
「うん」

 揺るがない徹の声はいつだって私の背中を押してくれる。その時間は少しずつ私達を引き離していくけれど、だからといって嘆くような時間ではないのだ。絶対に。
 
(21.03.26)


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