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 サンフアンで過ごす日々はまるで飛行機みたいにビュンと、あっという間に過ぎていった。6日目に一人でお土産を大量に買ったことも7日目に徹と夜ご飯を食べたことも、どの時間も濃厚なのにあまりにも刹那的でこんなにも時間は早く進んでゆくものかと少し寂しさを覚えた。
 あと数日。あと数日で私の旅が終わる。元々両手で数えられる日程だったけれど、目の前に旅の終わりが存在するのを強く意識させられる。長く積もらせた気持ちをこの大地に置いていこうと決めた日から覚悟していたはずなのにいざ最後が近づくとやっぱり寂しさは完全には拭えない。
 徹から送られてきた練習試合の会場までたどり着いて無事に席に座ると、懐かしさを孕んだ高揚感が内側から込み上がってきた。考えても見ればこんな風に徹の試合を見るのは久しぶりなのだ。

 それこそ高校以来か。

 徹のバレーを見るために体育館にいる自分もひどく懐かしく感じる。そこにはじめはいなくても。青葉城西の文字があるユニフォームを着ていなくても。徹はここで徹のバレーをしている。
 席はまばらに埋まっていて公開とは言え練習試合だからか、それは淡々とした様子で始まりを迎えた。長身のバレーボーラーが並ぶ中にいる徹がひと目でわかる。コートの中を見つめる瞳。自信に満ちたような顔。そう。そうだ。私は徹のバレーを見るのが本当に好きだった。きゅっと胸が締め付けられて泣きたくなるのをこらえた。

 どうしよう。気持ちが落ち着かない⋯⋯。

 試合が展開される度に私の感情も高ぶっていく。
 その瞳に映る景色はどんなものだろうか。コートの向こう側。高い高い天井。目の前に迫るボール。息をするのも忘れるんじゃないかと思える空間。その景色が広がる世界は、徹にとって心地のよいものだろうか。それとも歯痒いものだろうか。その場所に立ち続けることは辛くないだろうか。挑み続ける徹に私がしてあげられることは一体なんだったんだろうか。

 好きを捨てても、特別な人であることは一生変わらないんだろうな。

 徹の視線の先はいつもボールや選手やコートの空間で、そこに私がいることはない。綺麗なセットアップも強烈なサーブも高校の頃とは違う。今日に至るまでの徹の努力や苦労が込められている。
 たくさんの辛さを乗り越えてきたんだろう。たくさんの苦しいを抑えてきたんだろう。きっと私では想像できない想いを抱えてきたんだろう。頑張って頑張って、今の徹がいるんだろう。
 いつか日本に帰ってくる日まで徹がここで満足するまでバレーをできますようにと。徹の人生が清く、美しく、そして優しいものでありますようにと願う。

 ああ。ちょっと私の知らない人みたいだ。

 徹のツーアタックで決まった得点にチームメイトと笑顔で喜び合っているのを遠くから見つめる。輪の中にいる徹は嬉しそうで楽しそうで幸せそうで私はやっぱりどこか寂しさに似た感情を覚えた。

「あ⋯⋯」

 声がこぼれて、甲高い笛の音にかき消された。
 観覧席に顔を向けた徹が私に向かって笑いかける。どうだ、かっこいいだろって言うような瞳は子供みたいに無邪気で、私の心が少し揺れた。
 私の知らない人みたいでも徹は徹で、これからも徹はバレーをやり続けて、そしてその笑顔もひたむきなところも優しさもきっとずっと変わらないのだろう。日本でもアルゼンチンでも私達が積み重ねてきた時間が無くなることはない。
 いいや、もう。と好きがまた少しこぼれた。私は徹と気持ちが結ばれることよりも、徹がやりたいことをずっと出来る未来を望みたい。徹が誰よりも幸せでいつまでもバレーが出来るのがいい。こうやって笑ってくれるだけで私は十分嬉しいから。

 明日、好きって言おう。それでちゃんと終わらせよう。

 ホテルに泊まるのは今日が最後だ。明日の夜、徹の住む部屋で一泊して私の旅は終わる。最後に約束を果たして、今度は私が頑張ってきたことを徹に見てもらってそれで終わりにする。
 試合はCAサンフアンの勝利で終わりを迎え、拍手で包まれる体育館でもう一度だけ徹と目が合った。いつも試合が終わったら徹は私の方を見てくれたよね。負けても勝っても、観覧席に私がいて応援してたことわかってるからねって言うような視線を送ってくれた。
 きゅっと私の胸はやっぱり締め付けられる。涙がこぼれそうになるのをどうにかこらえてその視線に応えた。
 やっぱり私、長い片思いだったとしても徹を好きになれてよかった。

(21.05.22)


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