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 初恋の魅力は「恋がいつかは終わる」ということを知らない点にある。なんていうのは嘘だと思う。
 だって私の初恋はいつどんな時も報われないものだったから。それどころか高校生になって徹に彼女が出来たその時点で私の初恋は「終わらせなければならない恋」に変わった。それでも私は心のどこかで思っていたんだと思う。どうせその恋は永遠じゃないって。

「そう言えば俺、彼女できたんだよね」

 月曜日は青城男子バレー部の休息日だ。もちろん朝練もなくて、いつもの時間帯に家を出ると大抵、徹かはじめと遭遇するからそのまま一緒に登校するのが毎週の恒例だった。
 日直だからと少し早めにはじめは学校へ向かったと言うことを聞いたあと、徹は言った。朝の光が徹の髪を照らして反射する、高校1年生の夏。それが最初の私の恋の終わりだ。

「え、誰」
「3年の女バレの先輩」

 ああ。あのスタイルが良くて美人の。名前は知らないけれど。
 夏だと言うのに身体の中が冷える感じがした。それでも平然といつも通りの調子で応える。
 徹は昔から女の子から好意を持たれることも多かったし、客観的に見て顔だってかなり整ってるし、もちろん身長も高いし。いつ誰と付き合うことになったっておかしくはないと理解していたはずなのに、その瞬間が突然訪れると覚悟していた以上の衝撃がやってくる。だってなんか、初めての彼女って少し特別な響きがするから。

「徹が告白したの?」
「告白したって言うかなんとなく良い感じの雰囲気になって、その流れで」

 良い感じの雰囲気ってなに。流れってなに。
 遅れないように徹についていくのが精一杯だった。それじゃあなに、私が徹と出会って数年。良い感じの雰囲気は1度だってなかったってことなの。
 動揺は絶対に悟られないようにと私は平然を装うようにして会話を続ける。

「じゃあ、好きなんだ徹は。その人のこと」

 自分で自分の首を絞めることになるのに、聞かずにいられないのはどうしてなんだろう。私に合わせるような歩幅で歩く徹の横を、私はまだ置いていかれずに歩いていける。

「好き⋯⋯うん、好きなんじゃないかな、きっと」
 
 夏の気温が上がってじんわりと汗をかくみたいに、私の感情もじんわりと膨れ上がって涙になってしまいそうだった。少し曖昧な徹の言い方はどこか私を安心させたけれど、先の見えない未来はどこまでも私を悲しくさせた。
 
(私だって徹の事、好きなんだけど)

 ずっとその感情を抱えて、そしてこれからも抱えていくんだろうか。うまくいかなければ良いのに。そんなことを考えてしまった自分が嫌になる。
 セミの鳴き声が頭上で強く響いて、影法師は今にも1つになりそうなくらいなのに私と徹は全然近くになれない。
 
「なに、寂しいの?」

 私の顔を覗き込むように上半身を屈めて、からかうような口調で徹は言った。
 寂しい? どうかな。そんな気持ちもあるのかな。うんって言えば徹は少しは驚くのかな。でも違う。寂しいんじゃない。情けないの。はじめみたいに徹のことを分かってあげられなくても、長く側に居たって言う自負があった。だからこそ、情けなくて悲しい。好きと言う言葉すら言えない自分が。徹の幸せを願ってあげられない自分が。

「別に、全然。私だってそのうち彼氏くらい出来るから」
「へぇ彼氏ね」
「なにその反応」
「いや、どんな男が名前の彼氏になるんだろうなって」
「どんな男だろうね。入学してまだ半年も経ってないしまだ良く分かんない人もいるし。逆にはじめと付き合う可能性だってあるんだよ」
「それはだめ」
「なんで」
「岩ちゃんと名前が付き合ったら俺がはぶかれちゃうじゃん! 1人になっちゃうじゃん!」
「うわ⋯⋯」
「なにその反応!」

 人生の岐路って時々、自分の知らない内に過ぎ去っていると思う。後にも先にも、私の人生の最大の岐路はきっと「及川徹と出会ったこと」だ。
 徹に出会わなければしなかった選択はたくさんあった。徹に出会ったからこそ選んできたものもたくさんあった。青葉城西を選んだことだってそう。徹と、そしてはじめがいなかったら私は違う高校に行っていたかもしれない。それくらい私にとって2人の存在は大きいのに「彼女が出来た及川徹」を前にして、私の人生は変わっていくのだろうか。

「いいな」

 渇いた口から出てきた言葉は夏の湿気に溶けそうだった。むしろ、溶けてしまえば良いのにと思った。

「え?」
「ううん、何でもない」

 いいな。好きになってもらえて。特別になれて。友達でも幼なじみでもない、彼女になれて。
 高校1年生の夏。まだ青い恋を飼い慣らすことも出来ない私は誰かを羨むばかりだった。

(20.08.31)


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