03



「はじめー! 会いたかったよ〜」

 その数日後、予定をすり合わせて都内の居酒屋で集合した私とはじめは久しぶりの再会を果たしていた。

「おー。元気そうだな」
「はじめと会ってより一層元気になりました」

 対面する形で席に座り、適当に注文をする。前に会ったときよりも少しだけ筋肉がついている感じがすると思いながら、最初にやってきたドリンクで乾杯をした。

「酒飲まねぇの?」
「うん。明日も仕事だし。はじめは?」
「俺は今断酒中」
「そっかそっか」

 それでもしっかりお腹は空いているから、運ばれてきた料理にちゃんと箸を伸ばす。

「いや〜本当、会うの久しぶりだね」
「名前があんま変わってなくて安心したわ。仕事はどうだ?」
「うーん。大変なこともあるけど基本的には楽しくやってるよ。飛雄くんとも牛島くんとも仲良くやってる」
「及川が聞いたら怒り狂いそうだな」
「あはは。はじめはどう? カリフォルニア」
「まあ名前と似たようなもん。まだまだやることも覚えることもたくさんあっからやりがいしかねえ」
「さすがはじめ。休みがあればはじめのところにも行きたいんだけどさ。シーズン終わったらまとまった休みとれないかな」

 その言葉に私も、そしてはじめも徹を思い出したと思う。厳密に言えば、私が大学4年生の時に一人で行ったアルゼンチン旅行のことを。

「及川とは連絡とってんのか?」
「んー⋯⋯そんなに。あ、別にあれから気まずいとかは一切ないよ? まあ、少なくとも私はないんだけど、忙しかったりタイミング合わなかったりして。ああ、でもたまに食事のことで相談の連絡もらったりするかな。はじめは? 徹とよく連絡とってるの?」
「俺もたまに。つーかもともとそんなに連絡しあってたわけじゃないしな。時々近況とか名前のこととか聞かれるからそんときくらいだな」
「私のこと?」
「あ。あー⋯⋯いや、まあ、アドラーズでうまくやってんのかとか、そういう感じのな」

 小さく頷いてソフトドリンクを飲む。あれから2年経った。もともと気まずさなんてなかったけれど、こうやって冷静にあの時のことを振り返られるようになった今、徹はどんな思いを抱いたのだろうと疑問に思う。驚いて、少しは気まずいと思ったのかな。
 この2年が長かったのか短かったのか判断しかねるけれど、だけど私はずいぶんあの恋を過去に出来るようになったと思う。もしあの時、一瞬でも私のことを「幼馴染」以外の何かにカテゴライズしてくれていたのなら、それはそれでやっぱり良かったと思う。一瞬でも、抜け出したかった場所を抜け出せていたのなら、それで。

「ま! とは言えさー、徹が向こうでモデル並みにスタイル良くて、美人で、可愛くて、性格も文句なしの彼女作ってたらそれはそれでなんかむかつくけどさ」
「それは確かにな」
「ね。なんか腹立つよね」
「なんか腹立つな」

 顔を見合わせて笑いあう。いろんな時間を超えて、いろんな経験をして私たちは収まりの良いところへ収まろうとしているのだ。

「で、はじめに超絶美人のブロンドアメリカンガールの彼女が出来たら私はどんな気持ちになっちゃうんだろうな〜。あ、さすがにもう独りになったなんて思わないだろうけど」
「残念ながら予定はねえわ」
「そっかあ。ないのかあ」
「おい、名前のスマホ光ってんぞ」
「ああ、電話じゃないから大丈夫⋯⋯あーでも監督からのメールだ。ちょっと確認だけしてもいい?」
「おう」

 朱雀監督からこの時間にメールなんて普段はあまりないことだから思わず背筋が伸びる。急ぎの案件だとは思うけれど、特に思い当たるものはない。何か予想していない出来事があったのかと少し緊張しながらメールに目を通した。

「大丈夫そうか?」
「ねえ⋯⋯どうしよう。私、契約切られるのかな!?」
「は?」
「なんか、今後のことについて話したいことあるから、明日の朝出勤時間の前に時間くれって! え、私クビ?」
「焦んなって。来年も契約続行の話かもしんないだろ」
「このタイミングで⋯⋯?」
「マイナス思考より良いだろ」

 はじめは冷静に私を落ち着かせようと言葉をかけてくれる。徹とは違う安心感。徹に恋した過去が私をここまで連れてきたけれど、はじめがいなければきっとここまでまっすぐに歩いてくることは出来なかっただろう。
 2人が導いてくれた夢を、中途半端にすることだけは出来ない。

「⋯⋯だよね。もっとポジティブに生きる。お給料上がる話かもしれないし!」
「おう。その調子でいけ」

 私はこの時、翌日朱雀監督からまさかあんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。はじめだって想像できなかったに違いない。
 私の未来を変える瞬間、と言えば少し大げさかもしれないけれど、でも確かに選択肢は私の手の中にあった。私の未来を、私と徹のこれからを決める瞬間。
 だけどそれは突飛なものではなく、これまでの日々が繋いできた、ある意味では運命的な選択肢だったのだ。

(21.07.29)



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