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「必要なもの全部買えた?」
「うん。メモしたものは一応全部買えた」

 大きなカートの中に詰め込まれた日用品の数々。練習がオフの良く晴れた日、私は徹に付き合ってもらい近くの大型ショッピングモールに来ていた。所有している中で一番大きなキャリーケースを選び渡航したけれど、案の定こうして早々に買い足しが必要となって私は徹へ連絡をとったのである。
 仕事以外で徹と会うのは先日4人で夜ご飯を食べた以来。あまり余計なことは考えないようにしていたとは言え、ふとした拍子でカサンドラと徹の関係性について考えてしまう。
 実際2人はどんな関係なのか。もちろんそれは言葉にも態度にも出さないようにしていたけれど。

「他にも見て回る? 配送お願いできそうだし、大きなもの買うなら俺が一緒の時のほうが良いんじゃない?」
「どうしようかな。あ、でもお腹空いてきたから休憩も兼ねて一旦お昼ご飯にしない?」
「いいよ」

 カートの中に詰めたものだけ先に会計を済ませて私たちはフードコートへと向かった。休日ということもあり席を探すのも一苦労するかもしれないと思ったらあっさり見つけられた奥まったテーブル。何より運が良いことに私たち以外の客はまだ少ないようで、周りからの視線を感じることもない。
 各々食べたい料理の注文を済ませ、出された食事をトレーに乗せて再び奥の席へ向かう。世界的チェーン店の南米限定味へ向かって大きな口を開けた私に徹は尋ねた。

「そう言えば、カサンドラとはあれから連絡とってる?」

 その名前を徹のほうから口に出されるとは思っていなかった。私は仄かな動揺を隠し、事実を述べる。

「うん、何回か連絡取り合ったよ」
「そっか。なら良かった」
「良かった、なの?」
「名前の知り合いが増えてるの見てると、名前がこの街に馴染んでく感じするし。前にも言ったけど、名前にはアルゼンチン好きでいてもらいたいんだよね」

 その言葉に思わず顔をそらす。なんとなく、自分が勝手に抱えていた不安や懸念を見透かされたような気がしたのだ。

「⋯⋯好きだよ。前にも言ったじゃん。良いところだねって」
「うん。だけどさ、ほら、やっぱり生活するってなると大変なことも多いと思うから。俺以外にも名前の味方になってくれる人が増えたら安心できるじゃん?」

 優しさが染みる。傷口に薬を塗ったときみたいに。ほんのりと痛みを伴うようなそれはある意味、徹らしいと言えば徹らしい。

「ありがとう。徹はいつも私のこと心配してくれてるよね」

 出来るだけ軽やかに、笑みと共に言う。

「⋯⋯そりゃあ名前に何かあったら俺が岩ちゃんに刺されかねないし」
「あはは。女の子に刺される前にはじめに刺されるのはさすがに嫌だよね」
「女の子も嫌だよ!?」
「カサンドラはさっぱりした性格してるし刺さないと思うけど、結構親しいの?」

 私は明るい声を出して言った。言葉にも態度にも出さないって決めていたはずなのに、結局聞いてしまった自分に嫌気がさした。
 多分、敢えて口にすることで私はもう大丈夫なんだと、それくらいじゃ傷つかないんだと、自分に認めさせたかったのかもしれない。
 結果、それが正解だったとは言えないけれど。

「うーん。ニコラスの妹だし会う機会は多いかな」
「そうなんだ」
「あっでも別に付き合ってるとかはないよ?」
「そんな言い訳めいて言わなくてもいいよ。私はきっぱりフられてるし徹が誰かと付き合ってても私が介入することじゃないもん」

 眉を寄せて少しだけ複雑そうな顔をする徹。

「そうかもしれないけど、俺、名前に対しては出来るだけ誠実でいたいんだよね」

 口の中でスパイシーな味が広がる。耳に届く徹の言葉が鼓膜を揺らし、私は与えられる刺激をただ受け入れるしかできない。
 困ったな。ちゃんと落としてきたと思ったのにこの街は至る所に感情を揺さぶる、目に見えない何かが残っている。

「なにそれ。徹、難しい顔してる。私が聞いたのは単純に日常会話って言うか、話題の1つみたいなものだし。誠実とか大げさだよ」

 何を持って誠実とするのか私にはわからなかったけれど、徹が徹なりに私に対して向き合おうとしてくれていることだけは理解していた。
 ただ、だからと言って私のために誰かを好きになることはしないのは違うと思うし、私の気持ちがそんな風に徹を縛り付けることになるのは嫌だなと思う。徹には徹らしく、徹の気持ちのままに生きてほしい。

「俺さ、名前にはちゃんと謝らないとって思ってたんだ」

 けれど突然徹はそんなことを言った。居住まいを正す様子に、私の背筋も無意識に伸びていた。

(21.10.07)


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