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「謝るって何を? 徹、悪いことなんてしてないのに」
「俺が想像している以上に、きっと名前は辛い思いをしたと思うから」

 一瞬、息が詰まった。喉の奥が熱くなるのを感じる。

「あれ以来、考えるんだよね。俺は知らない間に名前のことどれだけ傷つけてたのかなって。無神経なことどれだけしちゃってたのかなって。⋯⋯気持ち伝えられた時、驚いて全然名前のことまで気が回らなくて、もしかしたら酷い態度しちゃったかなって。戸惑いもあったけど、名前がそう思ってくれて嬉しいのは本当なんだ。でも、あの時の俺に応える力がなかったのも本当でさ」

 残酷なくらい鮮明に思い浮かぶあの日、あの感情、あの瞳、あの言葉。拗らせた初恋。長すぎた片思い。
 謝らないでと思う。みじめな気持ちになりたくない。毅然としていたい。もう徹の前では泣きたくない。私はちゃんと過去にしたんだからそれを上手に保たせて。こんなにもたくさんのことを考えているのに、何一つ言葉にならない。

「多分、俺は知らない間たくさん名前に支えられてた。岩ちゃんと同じでさ、当たり前に傍にいてくれるし、応援してくれるし。一緒にいる心地良さに甘えてたんだと思う。だから全然名前の気持ち気づけてあげられなかったし、多分、たくさん傷つけた。でももう名前のこと傷つけたくない。⋯⋯気持ちを口に出さないでうまいことやり過ごして、今までと同じように振る舞うことも出来ると思うけど、でも名前とはちゃんとしてたい。だから、名前」
「違うよ」

 徹が謝罪の言葉を紡ぐ寸前、私は遮る。

「徹はたくさん私に優しかったよ。確かに辛いなって思う時はたくさんあって、まあ正直はじめにもいろいろ話も聞いてもらったりしたけど。でもだからってそれが全部無駄だったとは思ってないし、好きになれたこと⋯⋯何より徹と出会えて本当に良かったって思ってる。私は負い目を感じてもらうためにアルゼンチンまで来たわけじゃない。そんな風にずっと考えてくれたこと本当に嬉しいし、本当にありがとうって思うけど、謝らないで。だってやっぱり徹は悪いことはしてない。私が徹を好きだったこと、ダメだったみたいに思いたくない」

 気を抜けば今すぐ泣いてしまいそうだった。私に対する徹の優しさが涙腺を脆くする。だけどぐっと握りこぶしを作って、きゅっと口角を上げて、私は大人だと言い聞かせた。

「⋯⋯わかった。もう謝らない」

 私の言葉を受けて徹は小さく納得の言葉を口にする。
 うまく笑えていたかな。少し声が震えてしまったかもしれない。でもちゃんと言えてるはずだ。だってこれが紛れもなく私の本当の心なんだから。
 長く息を吐きだして気持ちを整える。誰に何を言われようとも呆れられようともこれが私の恋だ。恋だった。徹を想う私の心だった。たとえそれを過去にしてどれだけ想いをこぼしたとしても、恋をした事実だけは最後まで大切に抱きしめていたい。

「⋯⋯よし、じゃあご飯も食べたことだし、次の買い物行こう! やっぱり色々一気に買ったほうが楽だと思うから今日一片に買っちゃうね。引き続き付き添いお願いします」
「今日はどこまでも付き合うよ」
「じゃあ目一杯振り回しちゃおうかな」

 それまでの雰囲気を払拭するように出来限り明るい声を出した。私の意図を汲み取ってくれたのか徹もまた声色を合わせる。
 買いたいものを整理して、ショッピングモールの中を2人で突き進んで、あれでもないこれでもないと2人で必要のないものまで買い込んで。
 結局配送をお願いした物以外にもたくさんの荷物を両手に抱えて帰ることになった今、手のひらに食い込むビニール袋も不思議と嫌じゃない。

「重くない?」
「重いけど徹のほうが重いの持ってるし大丈夫。っていうか次のカードの支払いが心配だなぁ。日本と比べて安いからってちょっと生鮮食品とか買い過ぎたかも」
「誘ってくれたらいつでも食べに行くけど〜?」
「あ。なら今日の夜ご飯、食べてく?」
「え、今から名前が作るの?」
「当たり前だよ。ていうか私以外に誰がいるの」
「そうだけど、でも色々歩き回ったししんどくない?」
「料理は私にとって好きなことだもん。徹のバレーと同じでしんどくてもやりたくなっちゃうんだよね。それに付き合ってくれたお礼も兼ねて」

 徹は何かを言いたそうな瞳で私を見た。歩きながら見上げたけれど、その気持ちを汲み取れず首を傾げる。どうしたの、と言う間もなく徹は返答した。

「じゃあ、遠慮なく食べさせてもらう」
「あ、帰ったらちゃんと洗面所で手洗ってね。うがいもするんだよ?」
「俺のお母ちゃんか」
「あはは」

 丁度良い距離感。安心する空気感。自然体のまま過ごせる居心地の良さ。特別なことではない、私達にとっての日常。これから先どんな関係を築いていっても、私はこの日々を愛しく思っていたい。

(21.10.08)


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