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 12月になれば暑さはまた一段と色濃くなったように思える。なかなか沈む様子を見せない太陽にも、少しだけ顔を出してすぐに朝を連れてくる月にも最近はすっかり慣れて肌に馴染むようになってきた。
 日本だとこの時期、外はクリスマスのイルミネーションに彩られ街中にはクリスマスツリーが置かれるけれど、ここにはそういったものはほとんどない。日が沈むのが遅いからイルミネーションを点灯させる時間が全然ないし、盗難予防のためにツリーがあるのもショッピングモールの中心にあるインフォメーションの前だけだ。
 地味だなと思うけれど、それでもやっぱり24日になれば家族が集まって盛り上がり、次の日の朝には家庭内のツリーの下にプレゼントが置かれる。
 恋人同士で過ごす日と認識されている日本と違い、こちらでは家族で過ごすのが一般的だ。そのどちらもいない私はひとりのクリスマスを過ごすことになるだろうけど、不思議と寂しいという気持ちにはならなかった。
 イルミネーションのない夜のおかげなのか、それともクリスマスツリーのない街のおかげなのか。もしくは当日言いようのない寂しさに襲われるのか。

「暑〜。飲み物飲んでいい?」
「冷蔵庫にあるの好きに飲んでいいよ」

 練習が終わり、まだ日が暮れない時間帯。街には今日という時間を強く残すように太陽の光が差し込んでいる。建物の隙間を抜けるように光はどこまでも届く。それは私の住む部屋の中にまでも。

 久しぶりに一緒に夜ご飯を食べようと徹と約束をして、近隣のスーパーで買い物を済ませた私はシンク台の前で徹の言葉を気持ち半分に聞いていた。冷蔵庫の中にはミネラルウォーターとフルーツジュースがあるから大丈夫だろうと、私は手元に集中する。

「あ、来るときこれ見かけたんだ。名前にお土産」

 そう言って徹が目の前に差し出したのはサンタクロースの絵が描かれた包装紙に包まれたチョコレートだった。赤、黄色、緑の2色のサンタが2人ずつ。計6人のサンタが同じ顔をして箱の中で綺麗に整列しながら私を見つめている。
 さすがに手を止めて、そしてサンタと見つめあう。

「え、なにこのサンタ。顔こわ!」
「見てるうちに愛着湧いてくるから」
「えー⋯⋯」

 ニヒルな笑みを浮かべたサンタが6体並んでいるのは滑稽と言っても過言ではない。

 時間はゆっくりと、だけど確実に私の心を落ち着かせた。カサンドラと徹のこと。徹に言われたこと。ニコラスに言われたこと。結局のところ私はニコラスとどうなるわけでもないし、カサンドラと徹がどうなったとしても私に何か出来ることもないのだ。
 カサンドラとも時々連絡をとりあうし、ニコラスとも時々一緒にご飯を食べる。これはきっと、私がサンフアンを去るまで変わらないことなんだと思う。そう考えると、物事はなるようにしかならないと腹をくくれた。
 だって私がサンフアンを発てば否が応でもその問題は終わりを迎える。

「そういえば⋯⋯名前はクリスマスどうするの?」
「クリスマス? 特に予定はないよ。ニコラスもカサンドラもブエノスアイレスにあるおばあちゃんの家に集まるみたいで、一応誘われたけどさすがに遠いしたくさんの親類の中にまざる自信なくて遠慮させてもらったんだ。徹は?」

 カサンドラからその誘いを受けたときに徹にも声をかける予定ということは聞いていた。

「俺も今回は遠慮させてもらった。名前は行かないって聞いたから」
「え?」
「だって俺が行っちゃうと一人で過ごすことになるじゃん」
「別にクリスマスくらい一人でも寂しくないよ。行きたかったら行けばいいのに。今からでも航空券とれるんじゃない?」

 徹は言葉もなくただ首を左右に動かす。

「なんとなく、名前を1人にさせたくなかったから」

 息を呑んで、ケトルが沸騰した音で我に返った。危ない。私はまた徹の言葉を深く考えてしまうところだった。手元に意識を集中させ調理を再開する。
 私がアルゼンチンにいる間は楽しい時間を過ごしてほしい。日本とは違う雰囲気のイベント事を体感してほしい。徹が考えているのはきっとそんなところだろう。それ以上でもそれ以下でもない。

「じゃあ、なに? 今年のクリスマスは徹が私と一緒に過ごしてくれるんだ?」
「名前さえ良ければだけど」
「⋯⋯まあ、良いですけど」
「じゃあ決まり。美味しいもの食べて買い物して面白い映画でも観よ」
「え〜それ普段とやってることほとんど同じじゃん」

 私たちはアルゼンチンでクリスマスを共に過ごすことになるのだと、あの頃の私が聞いたらどう思うだろうか。甘さも苦さもないだろう、幼馴染としての時間を日本の裏側で。

 私は笑う。出来るだけ軽快に。喜びやほんの少しの泣きたい気持ちを表面に出さないように。

(21.10.28)


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