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 2本目の映画を探す。離陸して約3時間。配られた機内食を食べながら見た1本目の映画は魔法ファンタジー映画だった。次はどうしようかな。アクションでも見ようかな。恋愛系でもいいけど。と目の前にあるパネルをタッチしながら日本語字幕があるものを探す。

(あ⋯⋯そっか。これ、懐かしー⋯⋯)

 有名なその映画は画面に表示されたビジュアルが日本用の宣伝ポスターと違うから一瞬分からなかったけれど、高校生のときに徹と一緒に映画館へ観に行った映画だった。たった数年前が果てしなく遠いもののように思えて、あの頃の自分を思い出しては胸が痛む。

「Would you like something to drink?」
「あ〜⋯⋯Can I have this one?」
「Ok」

 横を歩いているCAさんに飲み物はどうかとコップの乗ったトレーを見せられ、私は許可を得てから適当に近くにあったコップを取る。リンゴの甘い味が喉を通過して、気がつけば私の指は再生ボタンを押していた。

◇  ◆  ◇


「映画? 良いけど⋯⋯なんで私? 彼女は?」

 映画を観に行こうと誘ったのは徹からだった。2枚の前売りチケットを手に持って「これなんだけどどう?」と私の目の前にチケットを掲げる。それ知ってる。最近よくテレビで番宣してる恋愛映画だ。でもそういうのって彼女と行くのが普通じゃないのと少し困惑気味に言うと「⋯⋯フラれた」と小さな声でこぼした。

「えっフラれたの? なんで?」
「俺が知りたいよ!」
「なんて言われたの?」
「なんか違うって」

 徹をフった相手はあの女バレの先輩で、付き合ってもう半年近くも経つのかと、徹に付き合ったと報告を受けた日のことを思い出した。真冬が差し迫るのを肌で感じられるくらい寒い日、クリスマス手前でフラれるなんてさぞかし悲しむだろうなと心配すらする私に、徹は意外にもそんな様子は見せなかった。

「それで名前は行ける? 映画」
「あー⋯⋯まあ、良いけど」
「なんか微妙そうな反応だけど」
「だってそれ先輩と行けなくなったから私を誘ったんでしょ」

 そう言えば徹はぎょっとして「まさか」と言い私を真っ直ぐに見る。

「なに言ってんの。名前と行くつもりで誘ったに決まってんじゃん。だって名前好きでしょこういうの」

 別に報われても報われなくても良い。いや報われるならその方が良いけど。でも報われないって分かっているから多くは望まない。どれだけ願っても私は私のなりたいものにはなれないし。
 でもこういうとき、淡い期待みたいなものが芽吹く。これまで築いてきた信頼は恋愛には変化しないと分かっていてもそれこそ私は「まさか」があるかもと思ってしまう。

「⋯⋯まあ、うん。好きだね」
「岩ちゃんも誘ったけど予定あるんだってさ」

 徹は多分、私がちゃんと口にしない限り気がつかないんだろうな。いいけど。私も言うつもりはないし。私は私なりの方法で徹のそばにいられればそれで。

「じゃあ2人で行こうか」
「そうしたら次の月曜日の学校の終わりかな」
「うん、いいよ」

 はじめはきっと私に気を使ってくれた。いやもしかしたら単に感動恋愛ストーリーを3人で観るのが嫌だっただけかもしれないけど。
 化粧を覚える前の私も、親に怒られて泣いている私も、転んで鼻血を出した私も、笑っちゃうくらいカッコ悪い私を徹は知っていると分かっているのに、私は1番可愛い自分でその日を迎えられる努力をする。
 デートなんて言葉を使うには私たちの関係性は深まりすぎているのに、徹に深い意味はないのに、私はその日に特別な何かを見いだそうとしてしまう。
 徹を好きな子の中には、そんな私の立場を羨む女の子もいたかもしれない。でも私からすれば幼なじみの枠から外れられる女の子達が羨ましかった。ないものねだりだとわかっていたとしても。

「あ、来週の月曜日ってちょうどクリスマスじゃない? いいの名前?」
「いいのって何が」
「彼氏作るんじゃなかったっけ?」
「⋯⋯よく覚えてたね」
「そりゃあね」
 
 むしろ徹が良いと言えば驚くかな。言えない言葉の「もしも」を考える。

「まあ、今回は間に合わなさそうだし」
「じゃあ適当にイルミネーション見てご飯でも食べようか」
「⋯⋯いいの、徹は。クリスマスに一緒なのが私で」
「だから良いに決まってんじゃん」

 徹は笑う。何も知らないままで。
 私はただその日を心待ちにして過ごすのだ。
 越える夜を指折り数えたりしながら。

(20.11.15)


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