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 私にはついていけない世界があるかもしれないと思い知らされたのは小学生の時だった。仙台市内で行われたバレーボールの試合。徹とはじめが一緒にその試合を観に行ったと聞いたのは翌日のことだ。
 風邪を引いて寝込んでいた私に徹が買ってきてくれたのはバレーボールのキーホルダーで、病み上がりの私に徹は容赦無く「バレーボールの凄さ」を語っていたのを今でもしっかり覚えている。

「で、そうしたら次の攻撃はこうして、こうする。多分相手はこっちに合わせてくるから⋯⋯」

 そっか。徹はこんなにもバレーボールが好きなんだ。そうしっかりと認識したのもこのときだったと思う。
 きっとずっとバレーボールと関わって生きていくんだろうと漠然と思ったし、そこに自分がいない気もした。男女が同じコートで競うことはないから余計だったかもしれない。あの頃は選手を支える裏方の仕事というものに気付いてすらいなかったから。

「次は名前も一緒に観に行こう」
「いいの?」
「嫌なの?」
「⋯⋯嫌じゃない。私も混ざりたい」

 バレーボール。それは2人を構築する1つであると私は早々にして理解していたのである。

「あっ名前もバレーボールする?」
「えー⋯⋯しない」
「なんで!?」
「徹の観てるのが1番楽しい」

 それが全てなんだと思う。昔も、今も。恋があってもなくても、優しくても優しくなくても、やっぱり私は徹のバレーボールが1番好きで1番わくわくする。

「楽しい? 俺のバレー見てて」
「楽しいよ」

 徹は多分、私の言葉に驚いていた。その言葉に何を思ったのかは知らないけれど笑顔を返してくれたし、だから私の言葉は曲げられることなくいつまでもいつまでも徹のバレーボールを応援する立場でいられたんだろう。

「あのさ」

 選手を支える裏方の仕事の存在に気がついたのは中学生の時で、アスレチックトレーナーや栄養士、マネージャー、スポーツドクターなどそれらは多岐に渡るのだと知った瞬間、私は確信した。まるで天命が下ったみたいに私のやるべきことはこれだと根拠のない自信が沸々と込み上がったのである。

「私、管理栄養士目指す」

 中学3年生、狂ったように雪が降り続く師走の事、及川家でこたつを囲み3人でみかんを食べていたときにそう言った。

「え、なに突然」
「ならなくちゃいけない気がした」
「いいんじゃねえの」

 反対をする理由も取り立てて応援する理由もない私の宣言はそれきり話題にあがることはなかった。ふたりがその世界で生きていこうとするのなら私も近い場所で応援し続けられる人間でありたい。その思いが揺れ動くこともまた、なかったのである。
 そうやって管理栄養士を目指そうとしたきっかけは詳細に思い出せるのに徹を好きになったきっかけは全然思い出せなかった。
 決定的な何かがあったわけでもないけれど、時間を重ねていく中でじわじわとと言われてもピンとこない。一目惚れでもないし、こんな人生をかけた優しくない恋をいつまでも続けられる理由はどこにあるんだろうと過去を探し漁っても見つからないままだ。
 ああでも敢えて理由とするなら、私は徹が辛いときや迷ったときに支えになれないのが悔しかったんだと思う。それが執着みたいに恋になった気もする。


◇  ◆  ◇


 ロサンゼルスからブエノスアイレス行きの飛行機の乗り継ぎの時間は3時間しかなくて絶対に時間をロスをしてしまわないようにと私は細心の注意をはらった。ラゲージクレームに向かっていく人の波に逆らうように乗り継ぎ用の道案内に従って歩く。

『とりあえずロサンゼルスには着いたから』

 12時間あった時差はようやく4時間になって、日付と時間の感覚がおかしくなっていく感覚を振り払うようにただ目的の場所だけをひたすらに目指した。
 再び始まるロングフライトを覚悟しながら連絡をする。とりあえずシャワールームを目指そうとインフォメーションスタッフに場所を訊ねると、徹からの返信があった。

『ロスからも時間かかるけど気をつけてきて』

 なんの意図もないその言葉は私の胸を叩いた。ここまで長いこと飛行機に乗った。これからもまだ長いこと飛行機に乗る。徹と私の距離はそんな途方もないくらいの距離で、地球の裏側というのは時間の感覚さえも狂わせてしまうような場所なんだと突きつけられた気がしたのだ。
 
(21.01.08)


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