それから数週間後、久しぶりに都内で影山と会うことになった。日が落ちるのもすっかり早くなり、世間はもうすっかり秋のお装いを見せている。
 待ち合わせ時間よりもだいぶ早くについてしまった私は近くにある書店で時間を潰すことにした。国試の過去問集をもう一冊増やそうかと売り場へ向かう途中、スポーツ雑誌が目にはいった。

「あ⋯⋯」

 月バリだ。時々、影山が表紙を飾っているのを目にした事はあったけど、今月号に影山と牛島選手がツーショットで並んでいた。今までは手に取ることなんてしなかったけれど、立ち止まって中身を少しだけ見てしまう。

『アドラーズ所属の影山飛雄選手、来シーズンより海外リーグ挑戦を決意!』

 そう書かれたページを見つけてしまった私は一瞬、頭の中が真っ白になった。そのページには影山と牛島選手の対談が載っており、2人の海外リーグ挑戦への気持ちが書かれているようだった。
 少しだけ目を通して、私は月バリを元の場所に戻す。今これをじっくり読んではいけない。それは警告にも似ていた。本来の目的を果たそうと私はその場を離れ、書店に流れる穏やかな曲が私を落ち着かせてくれる。

(いやむしろ、挑戦しないほうがおかしいくらいでしょ)

 理解も納得も出来るはずなのに、影山が日本を離れてしまうのだと考えると私は寂しいと思ってしまった。それまで影山のことを考えてないようにして、会うことだってなかったのに今更寂しいだなんて都合が良すぎると思うけれど、それでも寂しいものは寂しかった。
 それと同時に私は気が付いた。
 上書きを出来ない時点で、誰かと比べてしまう時点でそれは恋だった。高校生の頃から続く私の拙い恋愛。私はずっと影山に恋をしていた。あの夜にこぼれた言葉はきっと私の本音だった。

『もう着くけどどこにいる?』

 影山から連絡がきて私は慌てて返事をした。

『駅ビルに入ってる本屋さん。会計してからすぐ行く』
『わかった』

 急いで本をレジに持っていって会計を済ませると、事前に約束していた場所で影山と落ち合う。インフルエンザも流行り出す時期ということもあって影山はマスクをしていたけれど180を超える影山の身長は遠くにいてもすぐにわかった。

「ごめんね」
「いや、いい。俺も今着いた」
「じゃあ行こうか」

 今回は私が食事のお店を決めた。事前に予約をして個室も用意出来たし少しくらいなら込み入った話も出来るかもしれない。
 
「会うのは久しぶりだな」
「うん」

 影山を見上げる。
 そうだ。私はいつもこうやって影山を見上げていた。太陽を背にした影山が眩しかった夏も、秋風に髪を揺らした時も、冬の寒さに頬を染めた時も、私たちの間に桜が散り落ちた春も。私はこうやってずっと高い位置にいる影山のことを見上げいた。
 その度に私は影山のことをかっこいいと思っていて、そしてその瞳に映るのが自分であるのがたまらなく嬉しかった。

「そう言えばこの前仁花ちゃんと会って聞いたんだけど11月に仙台で試合あるんだもんね」
「おう」
「仁花ちゃんたちと一緒に応援しに行くね」
「どっちをだ?」
「え? あ、あー⋯⋯アドラーズ?」
「ん」

 影山は満足そうな様子だった。
 きっとその試合の最中、影山が私のことを思い出すことはないだろう。それでもこの一瞬、私の応援を影山が嬉しいと思ってくれたのならそれこそが私にとっては嬉しいことだった。





 食事が進み、ある程度時間が経ったところで私は聞きたかったことを口にした。

「影山と会う前の書店で見かけたんだけど⋯⋯影山は海外行くの?」
「ああ」

 影山は間を置かず答える。

「そっか」

 寂しくなるねという思いはその短い言葉に隠す。私がそんなことを思っているなんて、影山はきっと気が付かない。

「私さ⋯⋯バレーしてる影山、すごい好きだよ」

 私の言葉に影山は動揺を見せた。

「は、なんだよいきなり」
「私、応援しか出来ないし、っていうか本当にそれだけって感じなんだけど、でも全力で応援するから影山は死ぬまでバレーしててね」

 この気持ちが報われても、報われなくても私にとって影山はすごい人で尊敬できる人なのは変わらない。

「言われなくてもする」
「あはは。だよね」

 私、少しは成長したかな。ヒールだって転ばないで履けるよ。化粧だって上手くなったし、国試だって絶対に合格してみせる。私は日の丸を背負ったこともないし、これからも背負わないけれど、頑張り方は影山から学んできた。
 どこまでも上を目指す姿勢。妥協を許さないこと。貫いて貫いて、多分苦しい時はたくさんあるんだろう。きっと私はそれをきちんと理解してあげられないし、そんな影山に私が出来ることはほとんどない。

「影山が世界のどこにいても、私応援してるから」

 だから、私が出来ることは全力でしたい。

「⋯⋯お前」

 何かを言うか迷った素振りを見せながら影山は私を見つめる。

「え⋯⋯なに?」
「いや、いい」
「なに。気になるじゃん」

 食い下がる私に観念したのか、影山は渋々と言った様子で口を開いた。

「来月は試合で遠征多くて時間つくれねぇから、仙台の試合終わったあと名字に時間あったら⋯⋯会いてぇ」

 気恥ずかしそうにする影山は私の方を見ていない。
 会いたいと言葉にされたのは初めてかもしれないと影山の言葉の意味を考える。

「わ、わかった」 

 止まっていた時間がまた大きく動き出そうとしていた。

(20.09.24)