11月。杜の都と呼ばれる地元仙台。旧仙台市体育館のカメイアリーナ仙台でこれから影山の所属するバレーチームアドラーズと、日向の所属するブラックジャッカルの試合が開幕しようとしていた。

「お待たせ。ドキドキしてきた⋯⋯」
「あっ仁花ちゃん飲み物ありがとう」

 飲み物を買ってきてくれた仁花ちゃんが隣に座り、深呼吸をする。

「こういう時ってどっち応援したら良いんだろう」
「確かに迷うよね」

 そう言いながらも私は影山とした会話を思い出していた。あの時私は影山にアドラーズを応援すると約束した。日向も同級生で応援したい気持ちはもちろんあるけれど、あの時した約束を蔑ろにはしたくない。

「でも私影山にアドラーズ応援するって約束したんだよね」
「えっ」
「あ、いや、そのなにがあったわけじゃないんだけど」
「ううん! そっか!」

 仁花ちゃんはそれ以上深く追及することはなかった。影山とのことを思い出すと羞恥心を感じて、私は誤魔化すように話題を変える。

「ひ、人いっぱいで凄いね」
「高校の時のバレー部の人達もいっぱい来てるみたいだよ」

 同年代の宮城県出身の選手が多くいることや、アドラーズのサブホームと言うこともあって会場内のボルテージは最初から最高潮のようだった。仁花ちゃんの言うように見たことある顔が少し離れた応援席にいる。月島くんや山口くん、他にも同級生の人達を見かけてまるで同窓会みたいだなと思っていると、音楽と共に選手入場のアナウンスが始まった。
 ああ本当に影山は凄いところにいる。私からは影山の姿がよく見えても、影山はこの中から私を見つけられない。わかっていたはずなのに私は心のどこかで思っている。
 ここにいる私に気が付いてほしいと。

「私、影山の試合ちゃんと見るの高校生以来だ」
「そうなの?」
「前のオリンピックの時に影山が代表に選ばれた時も見るの避けちゃってたんだよね」
「そっか⋯⋯」
「でも今はちゃんと見に来られて良かったよ。誘ってくれてありがと仁花ちゃん」
「そんな! こんなのお礼言われることじゃないよ!」

 試合開始の時間がやってきてホイッスルが鳴る。
 影山のサーブ。しなるような身体から繰り出された鋭いサーブは、影山の努力の証そのものだった。そこにはもう私の知ってる影山はいない。私が知らない間にも努力をし続けた影山が、あの頃よりももっともっと楽しそうな顔でバレーをしている。
 この人が好きだ。ひたむきにバレーと向き合って生きていこうとする姿勢。私のためにと努力をしてくれるところ。時々恥ずかしがって目を背けたり、どうしようもないくらい鈍い時があるところ。その姿を見れば、私はどうしたって影山のことを好きになってしまう。

「⋯⋯仁花ちゃん、あのね」
「どうしたの?」
「前話したときは色々と言ったけど、私は影山があの中にいる誰よりもかっこいいなって思う」
「うん」
「影山は私のことどう思っているか分からないけど、でももう前みたいな逃げたりしない。て言うかもう自分の気持ちを誤魔化しきれない」
「うん」
「私、影山が好きなんだ」
「うん」
「だから言おうと思う。ちゃんと」

 報われても、報われなくても。でももし可能性があるのなら報われてほしい。そんなことを繰り返し思いながら過ごしてきた日々は多分そう遠くはない未来に終わりを告げる。

(あ⋯⋯なんか無意味に泣いてしまいそう⋯⋯)

 影山の生きる場所はとても広いから、やっぱり私なんか頑張っても意味ないんじゃないかと思ってしまいそうになる。けれど私はこんなにも凄い人を好きになって、そして好きになってもらえた。
 もういいや。見つけてもらえなくても。私の位置から影山が見えれば。私が見失いさえしなければ走っていける。気がついて欲しければ誰よりも大きな声を出せばいい。ただそこにいて黙って立ち竦んでいるだけの私はもう、過去に置いていこう。
 私は全力で影山を応援した。
 白熱した試合が進みブラックジャッカルがタイムをとる。それぞれがチームのベンチに駆け寄り監督たちと戦術を話している。勝負の行方は見えず、会場のボルテージも下がることはない。タイムが終わると選手たちはコートの中へ戻っていく。
 その時だった。
 
「あ⋯⋯」

 いま、影山がこっちを見た気がする。私の気のせいかもしれないけれど、目が合った気がする。私のいる方の観客席を見上げた影山がこちらを見た気がしたのだ。気のせいでも考えすぎでもうぬぼれでもいい。自分の信じたいものを私は信じる。そうするだけで多分、世界は少し幸せに溢れる。






 なんだかんだ東京の冬だって寒いものは寒い。そう思っていたけれど、いざ実家に帰ってみたらやっぱり東北のほうが寒さは厳しいなぁとしみじみ思う。そんな事を毎年繰り返し思って、そしてまた今年も思ってしまった。

『悪い。遅くなった。今から会えるか?』

 カメイアリーナでの試合が終わった夜、私は実家のソファに座りながら影山からの連絡を待っていた。影山があの約束を忘れていなければ連絡がくるはずだとソワソワしながら待っていると、その連絡はきた。
 影山が忘れていなかったことに安堵すると同時に言い様のない緊張に包まれる。

『会えるよ』

 スマホならば動揺も緊張も悟られない。

『今から迎えにいく』
『わざわざ来てくれるの? 私もそっち向かえるよ』
『夜だし俺が行く』
『じゃあ、大人しく待つ』

 そんなことを書いたけれど私は何度も化粧がおかしくないか確認をしたし、着ている服に皺がないか鏡の前で回り続けた。全然大人しくなんて待たないまま影山を待つ時間は遅くも早くも感じた。
 そろそろ来るかなと思ったタイミングはばっちりで、スマホにメッセージが表示される。

『もう着く。家の前に居てくれ』

 深呼吸をして外に出る。肌寒い風が吹いて整えた髪の毛を崩した。家の前にいる影山が先程までカメイアリーナでプレーをしていたなんて嘘のようだ。そう思うくらいは、今は影山を近くに感じていた。

(20.09.25)