V
卒論を無事に提出し国試の対策もいよいよ大詰めとなり、世間はますますクリスマスとお正月を祝おうと活気を見せている。私は忙しさを理由に影山への連絡を控えていた。
驚くほどの速さで過ぎ去っていった過去を思い返しながらやってきた12月22日。影山の誕生日当日の夜、私はスマホとにらめっこをしながら先月の出来事を鮮明に思い出そうとしていた。
「連絡をするか、しないか⋯⋯」
誕生日当日にお祝いの言葉を言ってくれと言った影山な言葉を私は忘れたりはしなかった。
日中だって何度も連絡をとるタイミングはあったのにずるずると引き延ばしにした結果、もう夜の帳も降りてしまった。
そもそも、あんな口約束を影山は覚えているんだろうか。私ばかりが影山のことを考えているようで悔しい。実際、私は過去問を解きながら時々影山を思い浮かべてたし、ドラマの告白シーンで影山の言ってくれた言葉を思い出したりもした。影山が試合で私の事なんて忘れていた日も私は影山の事を考えていた。
でも逆に誕生日という理由がなければまたずるずると連絡することを後回しにしてしまうかもしれないと私は覚悟を決め影山にメッセージを送った。誕生日おめでとう。そのメッセージを影山に送ったのは何年ぶりのことだったろう。
『忘れてるかと思った』
『忘れてないよ』
『ありがとな』
返事は意外にも早く来て幾度かやりとりを重ねたあと、影山から着信がきた。驚いて考える間もなく画面をスライドする。
「も⋯⋯もしもし!」
『今どこにいる?』
「家、だけど」
『今から会えるか?』
「え?」
『少しだけでいい』
予想していなかった誘いは簡単に私を動揺させる。それを切に願うような影山の声に、私が出せる返事は1つしかなかった。私だって影山に伝えなくてはいけないことがある。
「わかった」
身支度も早々に私は影山と落ち合う。
「私も影山に話したいことがあったから良かった。あと、誕生日おめでとう。今度はちゃんと直接言えた」
「おう」
近くにある公園のベンチに座って、当たり障りのない会話から始める。身に付けたマフラーを口元まで覆って、あれからまた1ヶ月近くの時が経過しているのだと悟った。
「今日はちゃんと暖かそうでしょ?」
「もう冬だしな」
この時間に公園のベンチに座っている人は私達しかいなくて小さな声でも相手によく届いた。
「あのさ、私⋯⋯」
どこから話せば良いんだろう。
私も好きですと言えるまでの道のりが全然わからない。
影山はそんな私を見つめていた。見つめ返せばもう、誤魔化すことなんて出来ないんじゃないかと思った。全部さらけ出されてしまう。泣きたくなるくらい綺麗な影山の瞳に心が吸い込まれそうになる。
「私は⋯⋯」
好き。そう思えば泣きたくなるような衝動が胸を衝く。
言葉につまる私を影山は見つめ続ける。
「あの頃、影山の事が大好きだった」
これから先の恋はきっと好きだけではやっていけない。辛くなったら自分だけが逃げるなんてことも出来ない。
「影山は今でも忘れられない人で、酔っ払った私が影山に言ったことは多分、本音だったんだと思う」
ゆっくりと心に浮かんでくる言葉を伝える。どうか伝わりますように。全部言葉にするから、わかりあえますように。
「今の私はあの頃とは違うし、影山もきっとそうだよね。私は来年就職して、影山は海外に行く。想像できない辛いことたくさんあるんだろうなって思う。今乗り越えられるって思っても、実際そうなったとき自分がどう思うのかなんてわからないし、でも、だから、ちょっと怖い」
影山が私の頬を包み込むように触れた。
突然のことに驚きながらも私は続ける。
「私はもう影山を傷付けたくない。嫌な思いさせたくない。私のことで辛い思いしてほしくない」
珍しく冷たい影山の手のひらとマフラーで暖かかった私の頬の体温が混ざりあう。
「お前はもう俺のことは好きになれないか?」
私の気持ちに追い討ちをかけるように影山が言った。
「これから先、俺はまた迷惑かけたり気持ちわかってやれなくて嫌な思いさせるかもしんねぇ。けど俺ももっと努力するようにするから、だからバレーをしてない時にそばにいるやつはお前が良い」
ああ、もう。こんなはずじゃないのに。好きが増えてどうしようもなくなってしまう。
冬の音だけが耳に届く中、影山がゆっくりと近づいてくる。キスしてしまいそう。ぼんやりと考えるけれどそれだけで世界は姿を変えるように、まるで別世界に飛ばされたように私の思考は緩やかに落ち着きをみせる。ここにはもう私たちしか存在しないのではないかと思えるような、そんな静けさの中で眼前にいる影山が言う。
「⋯⋯逃げないのかよ」
「だ、だって」
「逃げないならこのままするぞ」
目を瞑れば触れる。わかってる。私も、そしてきっと影山も期待をしている。
「俺は、お前が好きだ。だから触れたいしキスもしたいし、優しくもしたい」
この人はいつだって真っ直ぐで、言葉に嘘はなくて、正直で、分かりやすくて、単純だ。だから今、影山が言った言葉は全部本物だってわかっている。躊躇うくせに、自分以外の女の子がこの人の隣にいるのは嫌だなって思う。
運命の恋とか、赤い糸とか、そんなものが本当にあるのかどうかは分からない。分からないけど私の歩く道の先にいる相手は影山がいいと願う。
忘れられない恋と言うには大げさなのかもしれない。けれど、影山は私の青春だった。あの頃の私にとっては恋とは影山だった。好きな人に好きと言ってもらえること。少し汗ばんだ手が重なること。心臓の音が聞こえてしまわないか心配になりながら合わせる唇。全ての初めてが影山だった。やはり影山は私の「恋」そのもの。
「好き⋯⋯。影山が好き。今も昔も、ずっと」
(20.09.25)