『この前、影山くんとどうなった?』

 無事に月曜日の実習を終えた夜、飲み会の席で隣に座っていた友達から連絡がくる。

『まさかあんなに酔うとは思ってなくて、お酒勧めすぎたなって反省してるんだよね。でもあの後、影山くんと何かあったかなって気になって』

 追って届くメッセージに、あの後ってどのあと? と独り言がこぼれる。友達もまさか私が記憶をなくしているだなんて思ってもいないだろう。

『実は酔いすぎてて最後の記憶がない⋯⋯』

 恥を忍んでそう送ると友達からの返事はすぐにきた。

『うそ⋯⋯気が付いてあげられなくてごめん⋯⋯。名前途中から絡み酒になってて影山くんにめちゃくちゃ絡みにいってたんだよ。あたし的には凄く面白かったんだけどまさか記憶なかったとは。てことはどうやって帰ったかも覚えてないの?』
『覚えてない⋯⋯』
『絡まれてた影山くんが一緒にタクシー乗ってくれて帰ったんだよ。ちゃんと帰れたんだよね?』

 ああなるほどそういう経緯だったのかとようやく納得する。帰れたことが『ちゃんと』かどうかは怪しいけれど。

『とりあえず大丈夫だよ。心配してくれてありがと!』

 あんな一夜を過ごしただけではなく、酔っ払いの絡み酒だったなんて、最悪過ぎてもはや笑うしかない。久しぶりに会って、影山には今の自分がどんな風に映っているんだろうと思っていたのに結果はこれだ。最悪だとしか言いようがない。

「消えたい⋯⋯やり直したい⋯⋯」

 ミネラルウォーターを取りに冷蔵庫の扉を開ける。冷蔵庫の真ん中、開けてすぐ目に入る位置に置かれたコンビニの袋。ミネラルウォーターを取り出すことを忘れて、私はただその袋を見つめた。
 中にあるケーキは今日中に食べないといけない。食べてしまったらなくなる。当たり前のことなのに、私はそれが悲しいと思った。影山にとってどんな意味があったのか、ただの気まぐれなのか。意味すらなかったのか。わからないけど、私にとっては世界を変えてしまうような意味すら持ち合わせているような気さえした。

「……食べるか」

 それでも食べずに腐らすわけにもいかないと、チーズケーキをお皿に移す。コンビニのチーズケーキは美味しいけれど、高級感に溢れるわけではない。そもそもチーズケーキなんてケーキ屋さんに行けばどこでも扱ってる。つまりそれくらはチーズケーキとはよくある商品で。

(なんでチーズケーキにしたのかなあ⋯⋯)

 よくある商品だけど、私が1番好きなケーキはチーズケーキだった。
 それを一度、高校生の時に影山に話したことがある。影山の家にお邪魔したときにチーズケーキが1番好きだと言ったら美羽さんが出してくれたのだ。影山はそれを隣で聞いていたけれど、多分だからって訳じゃないだろう。きっと忘れてる。それくらい日常に溶けてしまうような会話だったから。
 でももし。もし、それを影山が覚えていたら? そんなことを思って考えるのをやめた。だってどうしようもない。どうやったって私たちはもう、どうにもならないのだから。






 それから1週間が経ったけれど影山からのアクションはなかった。誕生日当日は大学のメンバーでご飯を食べに行って、22歳になったことをお祝いしてもらったけれど、その日を境に突然何かが変わるわけでもなく私は少しずつ影山のことを考えない日々を取り戻していた。
 そんな矢先のことだった。

『飯に行くぞ』

 突然、影山からきた連絡はそれだった。ただそれだけの文面に、送る相手を間違っているのではないかと思う。

『名字の都合の良い日教えろ』

 名指しされてようやく間違いではなかったのだと確信を得られた。1週間ぶりに送られてきたメッセージがこれって、影山はどんなつもりで私と関わろうとしているんだろう。

『金曜日の夜だと楽かな』
『なら明後日の夜な』

 どっちにしろ影山とはきちんと話をしなければならなかったんだし。相変わらず意図は読めぬままだけど、私はもう一度影山と会うことを決意を決めた。脳裏に過ったのは、先月見たネットニュースの記事。もし本当に影山がアナウンサーと付き合っているんだとして、私のこの決断は正解になるんだろうか。
 それもまた影山と会わないとわからないのだろうと、私は明後日の再会に向けて気持ちを作ろうとしたのだったが。 

「⋯⋯38度5分」

 考えすぎた結果なのか、約束の日に熱を出してしまったのである。朝起きた瞬間から明らかに身体の調子がおかしくて、家を出る前に体温計で測ってみたらこれだ。安静にするしかないと実習先に連絡を入れて休みを貰う。影山にも連絡しないとなあと気力のでない頭で考えて、力のでない指先でスマホを触る。

『ごめん。熱出た。行けなさそう』
『大丈夫か?』
『ちょっと熱高くてしんどい。本当にごめん。落ち着いたら連絡する』

 億劫さが増すけれど、影山へ連絡をした後に友達にも連絡をする。

『ごめん。熱出て大学終わった後でいいから適当に食べ物買ってきてほしい⋯⋯』
『おはよ! え、大丈夫? 了解! 終わったらスーパー寄って名前のところ行くね!』

これで一安心だとスマホをサイドテーブルに置いて、そのまま意識を手放すように眠りについた。

 




 それからどれくらい経ったのだろうか。ふと目を覚まして時計を確認するとちょうど時計はちょうど19時を指していた。寝たり起きたりを繰り返して気が付けばこの時間になっていたことに驚く。まだぼんやりとする頭に熱が下がっていないことを感じたけれど、そろそろ友達が来てくれてもおかしくない。
 本当だったら今頃、私は影山とご飯を食べていたんだろうか。時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。規則的なリズムを耳にしながら私は自分の不甲斐なさにやるせなさを感じていた。

「会いたかったなあ⋯⋯」

 自分でも驚いてしまう内容の独り言が無意識のうちにこぼれる。

(いや、何言ってるの私⋯⋯こわ)

 インターホンが鳴って、友達だろうと相手の姿も確認せずにエントランスの解除ボタンを押した。すぐに部屋のインターホンも鳴ってカーディガンを羽織って玄関に向かう。

「ごめんね急に、ありが⋯⋯⋯⋯なんで影山?」

 そこにいたのは友達ではなく、影山本人だった。
 
(20.09.14)