手を引かれるままに影山の部屋にたどり着いた私は、頭をフル回転させて現状の理解に努めた。2度目の影山の部屋は最初に訪れた時から何も変わっていない。そもそも2回も影山の部屋に足を踏み入れることになるなんて予想もしていなかった。
 やたらと連絡してきたと思えば急に途絶えるし、忘れかけてたと思ったら目の前に現れるし。どうしていつもいつも影山は絶妙なタイミングで私の事を振り回すの。

「⋯⋯全然わかんない」
「なんだよ」
「影山の考えてること、全然わかんない。よくあのタイミングで私を連れ出せたね?」

 怒りが沸々と湧く。影山にもそうだし、いつまで経っても煮え切らない自分自身にもそうだった。告白をしてくれた人を前にして違う人の事を思う。そんな自分に腹が立って仕方がない。

「お前、俺のこと好きなんだろ」
「⋯⋯はい?」

 予想を越えた影山の発言は私に怒りの気持ちを忘れさせた。
 確信を得ている影山の言葉に開いた口が塞がらない。確かに忘れられないとは思っていたけど好きだなんてそんなこと一言も口にしたことはない。呆然と影山を見つめること、影山は言葉を続けた。

「言っただろ」
「や⋯⋯言ってない」
「言った」
「言ってないし」
「言った。お前が初めてここに来た夜に」

 それを言われて私はハッとする。あの記憶のない夜、私たちの間に本当は何があったのか。私はお酒に酔って影山に告白をしたとでも言うのか。記憶の糸を手繰り寄せるように、より一層遠くなってしまったあの日の事を思い出そうとする。

「は⋯⋯なに。私、好きって言ったの? 影山に? 告白したの? 酔った勢いで?」

 頭を抱える私に、影山はため息を吐いた。

「もう絡むほど酒飲むなよ」
「⋯⋯肝に命じております」
「思い出せないのか」
「2軒目行って影山が途中から近くに座ってたのは思い出した」
「止めとけって言ってんのに飲むのやめねえし、周りが送ってやれってるせえし、とりあえずタクシー拾って一緒に乗り込んだ。けど眠たい眠たい言って自分の住所言わねえままタクシーん中で寝るし、仕方なく俺のマンション連れて来た」
「待って待ってもうその時点で最悪すぎるじゃん私。え、先に1回謝っておくね⋯⋯ごめんなさい」
「酔っ払ったままだったからどうにか水は飲ませて落ち着かせた。そしたら言われた。俺のこと好きなんだって。とりあえず着替え渡してお前は酔ってるし俺も疲れてるしで、一緒にベッドで寝た」

 ある意味では知らないほうが良かったかもしれないと頭を抱える。思い出せば余計後悔の念に駆られることは間違いないので思い出すことはやめることにした。
 こんなの完全に私が元凶で、巻いた種で、事の発端で、とにかく全部私が悪いやつだ。

「あの⋯⋯ごめん、本当に。謝るしか出来ないのが辛いくらい悪いことしたなって思ってる⋯⋯」
「別に怒ってねえ」
「でも、えっと、好きっていうのは間違いで、だって影山は私の初めての彼氏だったし、当時は凄く好きだったから、まあその⋯⋯なんていうか、今でも特別な思い出って言うか。ほら! よく女の恋は上書き保存なんて言うでしょ? 私にとって影山は上書きできない相手っていうか、忘れられない存在っていうか。だ、だからって今もまだ影山が好きとかじゃなくて! いやて言うか別れようって言ったの私なのにね。あの日はそう、同窓会で昔のこと思い出して多分そんな感じでこう、懐かしくなって? 言っちゃったんじゃないかな!」

 焦った私の口から出るマシンガントークはもう支離滅裂だった。

「俺は、お前のこと忘れたことなかった」

 反対に影山は落ち着いていて真っ直ぐに私を見つめ、冷静な声色でそう言う。頭の中が真っ白になってしまって、空をさ迷っていた私の手首を優しく掴んだ影山の顔が少し近付いてきた。

「え⋯⋯」

 ゆっくりと間合いを詰めるようにその距離は小さくなっていって、忘れていたあの夢が甦る。近付いて近付いて、そのまま距離がゼロになってしまうのだろうか。心臓はきっと早い。指先が冷えるような感覚。
 影山の射ぬくような瞳が私を捕らえる。足がすくむような心臓を握られているような、そんな気分になる。嘘とか誤魔化しがきかない全て見透かすようなその瞳で見つめられると、私は昔からどうしていいか分からなくなる。

「⋯⋯ま」

 ダメ、死にそう。

「まだダメ!」

 力のままに影山を押し返す。そもそも「まだ」って何、と自分の言葉にも驚く。

「⋯⋯悪い」
「わ、私こそ突き飛ばしてごめん⋯⋯」

 居ずまいを正してから、きちんと影山と向き合う。

「俺はずっと気になってた。理由もないままお前に振られて」
「ごめん⋯⋯」
「お前、時々夢に出てくるのやめろ」
「⋯⋯それ私が悪いの?」
「俺はあの頃、今も別に上手いこと気持ち汲んでやれてるわけじゃねえけど、お前のことすげぇ好きだった」

意外だった。影山はもっと恋愛においては淡白だと思っていたから。未練とか後腐れとか、そういうものは持ち合わせていないと思っていた。
 私はあの頃、影山のそういう気持ちに多分全然気が付けていなかった。だからこそ、きっとあんな結果になったのだと思う。あの頃の劣等感が今の私を襲う。逃げたツケが廻ってきたのだ。

「少なくとも俺は、ボールに触れてない時お前を思い出す」

 それが影山にとってどれだけ凄いことなのかわかるからこそ、この胸の痛みにどう向き合っていいのかわからない。

「俺は俺なりにお前にとって良い彼氏でいたかった」
「⋯⋯影山は良い彼氏だったよ」
「だから俺はお前に何かをしてやりたかった」

 私だって好きだった。全力で、全身で、影山のことが大好きだった。

(20.09.15)