「ベースに生姜ご飯とかどうですか?」

 カウンターの椅子に座って、肩がぶつかるくらい近くに寄った。閉店後のおにぎり宮に響くのは名前の声。

「ええな、それ」

 綻ぶような笑みを向けた名前に自然と気持ちが緩む。こんな風に笑い合うて、名前を呼んで、そんで触れ合うことになるんやって出会った頃は1ミリも想像できひんかったなと思い出す。

「あっ枝豆と生姜ご飯はどうでしょう?」
「よっしゃ、採用」
「……私が言うのもあれですけど、治さんもっと厳しく評価しても良いんですよ?」
「でも美味そうやん?」
「なんか毎回採用されてる気がするなって」
「提案内容が素晴らしいからやで〜」

 やって、名前おかしな組み合わせは提案せんし、楽しそうにしとる顔見とったらそんなん絶対採用したくなるやん。握って目の前に出して、そんで幸せそうに頬張る顔、見たなるやん。


△  ▼  ▲  ▽


 大抵のお客さんは笑うて帰ってくれるから、泣かれるとは思わんくて正直、困ったし、ビビった。俺は別にめっちゃええ人でもないし聖人君子でも、生きとって狡せんかったわけでもあらへんけど、はらはらと溢れる涙に、俺にできる事なんやろと考えた結果の言葉があれやった。

「ほんならまた来てください。仕事辛くても、辛くなくても美味しいもん出すんで、お腹すいたらいつでも食べに来てください」

 実際、俺が出来ることってそんくらいやし。あーなんやみんな頑張って生きとんのやな。明日はええ日になればええけど。とか、印象に強く残った名前も知らない女の子の知らない生活に思いを馳せる。今日も頑張っとるんかな、明日も頑張るんかな。そんな風に。
 それからしばらく名前はやって来んくて、俺がその一件を忘れた頃にやっと店に来た名前は言った。

「だって、美味しいご飯食べて幸せになれるって最強じゃないですか?」

 その言葉に俺は多分ぐらりと傾いたんやと思う。肉まん食うた時とか、鍋の蓋開けた時とか、そんな温かい感じ。わかるわ。俺もそうやし。飯食ってるときそんな風に思っとる。同調の思いは言葉にならへんかったけど、同じ考えなんが嬉しいわって気持ちが膨らんだんや。
 やから別に、好きやなって思う感情に違和感もなかった。ええ大人やし、好きってなんやねんなんて疑問をアレコレ考えることもあらへんし、素直にフィットするように、気持ちがカチッとそこに納まった。

(それに名前の顔も結構好みやし)

 名前を家まで送る短い道も、クリスマスに一緒に見たでっかいモミの木も、年の瀬におせちを作るときも名前が隣におることに違和感なんてもんは全くみつからんくて、むしろええ感じで、名前も同じ気持ちやったらええのにってずっと思っとった。
 やけどわりとずっとええ感じの雰囲気やったし、クリスマスに会ってくれるくらいやし、ほんまはちょっと、もしかしたら同じ気持ちなんちゃうん? て期待はしとった。

「治さん?」
「ん?」
「なんか、ぼーっとしてます?」
「ちょっと昔を思い出しとった」

 名前が名前を呼ぶ声に意識が引き戻される。

「昔ですか」
「出会った頃の事とか」
「それは、ちょっと忘れてください……」

 頬杖をつく俺に名前はそう話しかけて恥ずかしそうにそっぽを向ける。笑ったり、泣いたり、怒ったり、喜んだり。波乱万丈やなくてええねん。ドラマチックやなくてもええねん。そういう当たり前をずっと続けていきたいんや、俺は。

「名前」
「なんですか」
「こっち向いてぇや。キスしよ」 
「……治さん、キスするの好きですよね。付き合う前もすきあらばしようとしたし」

 こっちを向いた名前がそう言うけど、未遂やん。結果できひんかったやん。ツムのせいで。……て言うたら名前は怒るやろうから言わへんけど。いややけどやっぱりツムはでしゃばりすぎやと思うわ。……しゃあないか。片割れやしな。

「名前とするんが好きなんやけど」

 軽く唇を合わせる。今、頭ん中俺でいっぱいになっとったらええな。いや待て。名前とツムはふたりの時何話してるん? 結構仲良くしとるやんふたり。ヤバい、むっちゃ気になってきた。俺やってバレー上手いねんけど。活躍しとったんやけど。……かっこ悪いから言わへんけど。

「……新作メニューはもういいんですか」
「少なくとも1個は決まったやん?」
「1個だけです!」
「えー……何個考えたら今日泊まってくれるん?」
「泊まりませんよ。明日仕事ですし」
「なんやと……」

 わざとらしく言うと名前は笑った。ええな。うん、泣き顔も悪くないんやけど、やっぱりその顔が1番ええわ。
 優しく続く夜に寄り添い、今度は行く末に思いを馳せた。

(21.01.16 / 60万打企画リクエスト)

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